永遠の符号


〜 シェパさんに捧ぐ 〜









時代は現代、現況は平和。

アテナの聖闘士が、午後のひとときを、のんびりと読書をして過ごしていられるのだから、確かに世の中は平和だった。


「盗むな、嘘をつくな、怠けるな、かぁ……」
世の平和を象徴するように読書にいそしんでいた瞬が、本のページに落としていた視線を宙に泳がせ、呟く。

「? 何を言い出したんだ、急に」
世の馬鹿な男を代表するように飽かず瞬を眺めていた氷河は、もちろん、その呟きを聞き逃すようなことはしない。

城戸邸のリビングの揺り椅子に腰掛けている瞬の膝にあるのは、『メキシコ征服記』の翻訳解説書──だった。


1492年、コロンブスがアメリカ大陸に到達してから僅か30年後の1521年、繁栄を誇ったアステカ帝国がスペイン人征服者エルナン・コルテスの率いる軍によって、あっけなく崩壊する。
『メキシコ征服記』は、コルテスの軍に参加したベルナール・ディーアスの筆による、アステカ帝国の侵略と滅亡の記録だった。


「うん……この本にね、数十万人の人口があったアステカ帝国が、いくら馬と鉄砲を装備してたにしても、二百人足らずのスペイン人に征服されたのは、アステカのインディオたちが嘘をつけなかったからだったって書いてあるの」

『盗むな、嘘をつくな、怠けるな』を信条にしているアステカの民たちは、スペイン人に何かを問われた時、それが日常の些細な事柄であれ、国家の存亡に関わる重大事であれ、全てを正直に質問者に答え、教えた。
軍備も警備も王の性癖までもが筒抜けでは、兵の数の差がどれほどあっても無意味である。
昔から、戦いというものは情報戦だったのだ。

かくして、栄光あるアステカ帝国は少数の侵略者たちの前に膝を屈し、王は殺され、国の都も財宝も何もかも全てがスペイン人たちの手に渡ったのである。


「その数十年後には、インカもスペイン人に滅ぼされてる。その後のインディオたちの悲惨な被征服の歴史を考えると、何だか……」
瞬の瞳の色が暗く沈み、その瞼が静かに伏せられる。


氷河は嫌な予感がした。






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