「氷河の脳波をキャッチできない」 「え?」 そこまで言われて、瞬はやっと状況を理解した。 氷河の姿が見えない訳と、紫龍がいつになく慌てている理由を。 どういうことかと詰問した瞬に、紫龍が、彼の長い髪を邪魔そうに肩から払いのけて、顔をしかめてみせる。 「氷河は今、西暦1400年のアステカの都、ティノティトランにいる……はずだ。おまえを納得させるために、おまえのしようとしたことを試してみると言って、昨日──」 「昨日、ティノティトランに行ったの!」 「本当なら、過去のティノティトランに飛んで、そこで一週間を過ごし、昨日のうちに現代に戻ってくるはずだった」 「紫龍……! どうしてそんなことしたのっ!」 瞬が、思わず声を荒げる。 紫龍自身、氷河の暴挙を許した自分に苛立っているらしい。 「だから、責任を感じて、今、俺自身が過去に行けるように、タイムマシンを改良中だ」 紫龍の口調には、いつもの楽天的な響きが全く含まれていなかった。 「…………」 紫龍を責めるのはお門違いだということに、瞬はすぐに気付いた。 原因は、“嘘”の話などを持ち出した自分自身にあるのだ。 「僕なら、今すぐ行けるの? 1400年のティノティトラン」 「まあ、おまえの脳波はほとんどのパターンを登録済みだが」 「なら、今すぐ、僕をそこに送り込んで!」 気負い込んで電話ボックスの中に乗り込もうとする瞬を、紫龍は慌てて押しとどめた。 紫龍としては、この上更に行方不明者の数を増やすような愚は犯したくなかったのだろう。 「まあ、落ち着け。焦ることはないんだ。たとえ、タイムマシンの改良の終わるのが10年後だったとしても、俺たちは、氷河がティノティトランに飛んだその日に行けるわけなんだから」 「10年も、氷河の身を案じて暮らしてなんかいられないよ!」 「10年というのは、ただの例え話だ。あと3日待て。二人で氷河を捜しに行こう」 「僕は、今すぐに行く!」 「瞬、少し冷静になれ」 紫龍の言葉は、瞬には聞こえていないようだった──瞬には聞く耳がないようだった。 「氷河がそんなとこに行ったの、僕のせいだ……!」 瞬が唇を噛み締める。 紫龍は、痛ましげな視線を瞬の上に注いだ。 いても立ってもいられない瞬の気持ちは、紫龍にも痛いほどわかるのである。 ここで氷河を失ってしまったら、瞬は悔やんでも悔やみきれず、死んでも死にきれないだろう。 氷河の脳波をキャッチできないという事実には、彼の死の可能性が含まれているのだ。 瞬の気持ちを思うと、紫龍は、不本意ながら、瞬の我儘を受け入れざるを得なかった。 「すぐに……助けに行くから」 安全な場所で仲間の安否を気遣っているというのは、聖闘士のやり方ではない。 否、聖闘士でなくても、仲間と共に同じ危地に立っている方が──たとえ、仲間のために何ができるわけでなくても──人の心はよほど苛立たずにいられるものだろう。 そして、瞬は、紫龍の作ったタイムマシンに乗り込んだ。 初めて、ひとりきりで。 |