これまでに幾度か味わった、四肢がばらばらに引き裂かれるような苦痛をひとりで耐えた後の瞬の視界に飛び込んできたのは、到底600年も昔の都市とは思えないほどに整備された、壮大な石の都だった。


ティノティトランの都がメキシコにできたのは、1325年頃と言われている。
ティノティトランを建設したアステカ族は、沼地状の土地に人工農園を作り、ピラミッド状の神殿や王宮、後期には学校や球戯場なども作って、自分たちの都を人口50万人を超える大都市に発展させたという。
真水を給水する上水道や、都市内をカヌーで移動できる水路も整備されており、16世紀初頭、この地にやってきたスペイン人たちを驚かせたという話も伝わっている。


その失われた伝説の都に、瞬はいた。
真昼の陽光を受けて輝く巨大なピラミッド神殿前の広場に。


瞬は、その場にひとりきりではなかった。

広場には、多くのインディオたちがいた。
半裸で、鳥の羽を頭に飾り、褐色の身体に彩色を施し、刺青をしている者も少なくない。

一瞬気後れを感じたが、自分はこの場から逃げ出すわけにはいかないのだと、瞬は自身に強く言い聞かせた。

インディオたちは、突然出現した、彼等にしてみれば不思議な格好をした瞬を、しばらく遠巻きに眺めていた。
やがて、数人の若者が、瞬の側に歩み寄ってくる。

彼等は、瞬の前に跪くと、
「ようこそ、白い神」
と歓迎の意を表した。


言葉は、例によって通じる。
これまで深く考えたことはなかったが、もしかしたらこれも紫龍の狂気的才能の仕業なのかもしれないと、瞬は考え始めていた。
音声翻訳機は、簡単なものなら現代でも既に流通している。
古いアステカの言葉の情報を、紫龍がどこから入手し、その翻訳の仕組みを作ったのかは、瞬の考え及ぶところではなかったが。


いずれにしても、瞬は、彼等の反応をある程度予測していた。

アステカには、マヤの神ククルカンの流れを汲む白い神の伝説というものがある。

彼等に文明を与えたケツァルコアトルという名の白い肌をした神が、いつの日にか彼等の許に帰ってくるという伝説である。
スペイン人であるコルテスが少ない人数でアステカを征服できたのは、武器や“嘘”の力だけでなく、アステカのインディオたちが、白色人種であるスペイン人を、彼等の神ケツァルコアトルだと信じたためとも言われているのだ。

白い肌の人間は、褐色の肌のアステカの民にとって、神なのである。


もし、氷河がこの都に来ているのなら、彼もまた神として迎え入れられたはずだった。
インディオたちが案内する先に、氷河がいるはずだった。






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