「よく……憶えていないんだ……。ここに来たら、インディオたちに神様扱いされて、妙な煙の立ち込めた部屋に連れて行かれた。その煙の中にいたらマトモにものを考えることができなくなって──そうだな、あれは、麻薬や覚醒剤の一種だったんだろうと思う。抑制力を奪われるような感じだった」 「うん。せっかく来てくれた神様を帰したくなかったんだろうね。インディオたちは……正直に振舞ったんだよ、氷河の意思は無視して」 寝台の下に投げ捨てられていたマントを拾いあげ、氷河はそれで瞬の身体を覆った。 瞬が身体にかなりの無理をさせて、上体を起こしているのがわかる。 「瞬、すまな──」 「アステカの人たちは――」 寝台の脇に項垂れて立つ氷河の謝罪の言葉を、瞬は遮った。 「アステカの人たちは、もしかしたら、コルテスに滅ぼされて幸せだったのかもしれないね」 「…………」 謝罪の言葉すら受け付けてもらえないのかと、氷河が苦しげに眉根を寄せる。 瞬は、そんなものはいらないのだと、小さく横に首を振った。 「無責任な発言だと思う。何万人ものインディオが死んだ──殺されたのに、こんなこと言うなんて。でも、彼等は自分たちの信念を曲げずに生きて、自分たちがなぜ滅びていくのかもわからないまま、滅びていったんだ。侵略者たちが、人間としての良心を持っていたのなら、アステカの財宝に目を眩ませて、幾万もの人の命を奪ったコルテスたちの方が不幸だったのかもしれないよね」 そうだったのかもしれない。 あるいは、そうではなかったのかもしれない。 いずれにしても、今回のことは、 「人の幸せって、第三者には窺い知れないものだから……誰にも」 その“わからないもの”を、自身の価値観で判断し、インディオたちを不幸だと決めつけ、その歴史に介入しようとした自分が愚かだったのだと、今の瞬にはわかっていた。 氷河のせいではないのだ。 「そうだな──」 かなりの間を置いてから、氷河は瞬の言葉に頷いた。 人間が自分以外の人間の幸福を決して知ることができないというのなら、自分の大切な人に幸せになってもらうために、人は無意味な──あるいは滑稽な──道化を演じ続けることしかできないのかもしれない。 だが、そうせずにはいられないのもまた、人間なのだ。 人間というものは、なかなかに切ない生き物だと、氷河は自嘲した。 「──と、結論が出たところで帰ろう」 西暦1400年のアステカの都。 その神殿の一室に、突然、600年後の極東の島国にいるはずの男の声が響いてくる。 「紫龍……!」 よりにもよって、こんな場所に登場したマッドサイエンティストに、瞬は寝台の上で瞳を見開いた。 「一輝には内緒にしておいてやる。早く服を着ろ」 マッドサイエンティストはそう言って、まだ全裸のままでいた氷河の某所に一瞥をくれてから、心底嫌そうに顔を歪めた。 |