Heavy Love


〜 とまきちさんに捧ぐ 〜







だって、あなたは悪い人じゃないもの――

「――と言ったんですよ、君は」
久し振りに会ったかつての仇敵に、ソレントは微かに苦笑しながら、そう告げた。

「そうでしたっけ? でも、僕、ほんとにそう思ったから、そう言ったんだと思います」
瞬が、こちらは、悪びれた色のない笑顔を返す。

あの海底で闘っている時にも随分と華奢に見えたが、聖衣をまとっていないアンドロメダの聖闘士は、闘えること自体が奇跡に思えるほどに細く、そして、実にあどけない表情を――呑気に見えるほど――していた。
それは、瞬の腰掛けている籐椅子の背後に突っ立っている白鳥座の聖闘士の目つきが、険悪この上ないせいで、より際立って見えているところもあったかもしれない。

いずれにしても、奇跡というのなら、アテナの聖闘士とポセイドンの海闘士の前に、こんなにも和やかな会話を交わせる時間が横たわっていることの方が、余程信じ難い奇跡である。
アテナの聖闘士たちの起こした奇跡と、その奇跡がもたらした平和な日々を、今は素直に受け入れられる自分自身が、ソレントは嬉しかった。

「しかも、その判断材料が、私が美しい笛の音を奏でるから――と言われてしまっては……。優れた芸術家がすべて善人だという理屈でいったら、魯山人やモーツアルト、劉生やレオナルドまでが、優れた人格者ということになってしまう」
天才と狂気を同居させた芸術家たちの名を挙げて、ソレントは、瞬の理屈の穴を突いた。

が、瞬は、それらの天才たちにあまり詳しくなかったらしい。
「氷河?」
彼は、自分の後ろに控えていた氷河を振り返った。

憮然とした表情を全く変えずに、抑揚のない声で、氷河が説明する。
「魯山人は陶芸家だ。作品は素晴らしいが、自己顕示欲が強すぎる上、周囲の人間の人格を認めようとしなかったから、周囲の人間は振り回されるだけ振り回されて、皆不幸になっている。岸田劉生は、病的で傍迷惑なナルシストの画家だ。画壇では『立派なエゴイスト』と褒められていて、かなりの弟子を潰している。モーツアルトも奇矯な行動の記録が数多く残ってるし、レオナルドはマザコンのホモ」

まるで自分はマザコンでもほもでもないような顔をして告げた氷河に、瞬は小さく頷いた。
それから、視線をソレントに戻す。

「でも、あなたは実際に悪い人じゃなかったでしょう?」

自信に満ちてにっこりと言い切る瞬に、ソレントは毒気を抜かれてしまったのである。
無邪気なのか、馬鹿なのか、あるいは、そのあたりを超越しているのか、判断に迷う瞬の笑顔ではあった。






【next】