「彼等は何の話をしているんだ?」

ポセイドンだった時の記憶を失っているジュリアン・ソロには、ソレントと瞬の会話の意味がわからない。
そもそも彼は、瞬とソレントが顔見知りだということすら、この城戸邸に来て初めて知ったのである。

「お気になさらず」
ベランダのテーブルで、ジュリアン・ソロには通じない思い出話をしている二人(と一人)を一瞥してから、沙織は、室内にいる賓客に視線を戻した。

「先般の水害で両親を失った世界中の子供たちへの援助と慰問を続けていらっしゃると伺いました。ご立派です。しかも、その足を日本にまで伸ばしてくださるなんて、嬉しいことですわ。私とグラード財団もできるだけの協力をしたいと思っておりますから、私たちにできることがありましたら、ご遠慮なくお申しつけくださいね」

ジュリアン・ソロが、各国巡りのついでに女の子を引っかけまくっているという噂は沙織の耳にも届いていたが、沙織はその件については故意に触れなかった。
自分が築いたわけでもない財産を笠に着て、初めて会ったばかりの10代の少女にプロポーズしてくるような軽佻浮薄な男の行状が、そう簡単に改まるとも思えない。

それでも。
“しない善より、する偽善”。
彼が、その財力を恵まれない人々のために費やし、かつ、自分に迷惑が降りかかってきさえしなければ、沙織は、彼の個人的楽しみに文句をつけようとは思わなかった。

「まあ、ついでもあったので」
ソロ家の御曹司が、ふいに声をひそめる。
沙織は――瞬たちから離れて、室内の応接セットに陣取っていた星矢と紫龍も――、ジュリアン・ソロのその態度と言葉に、嫌な予感を覚えた。

「ついで……って、あんた、まさかまた、沙織さんにプロポーズしようなんて、アホなこと考えてるんじゃないだろうな?」

沙織へのプロポーズなら、せめてあと10年経って、もう少し分別を養ってから再挑戦し、玉砕してくれ――というのが、星矢や紫龍の偽らざる気持ちだった。
せっかく訪れた平和の時を、金持ちのぼんぼんの引き起こす馬鹿騒ぎで乱されたくはない。

「いや、その件はもう忘れてほしい。今回は別の頼み事があって、こちらにお邪魔した」
幸い、ジュリアン・ソロは、プロポーズ拒否の屈辱の記憶が鮮明らしく、再挑戦する気は(今のところまだ)ないようだった。

「別の頼み事……?」
星矢が尋ね返すと、ジュリアン・ソロは、無意味にもったいぶって頷いた。

「頼みというのは他でもない、あのソレントのことだ。彼には、実に困っているんだ」
「ソレント?」

ジュリアン・ソロを困らせている当の本人は、まだベランダで瞬と昔語りを続けている。
星矢たちの目には、彼は至極マトモな男に――少なくとも、ソロ家の御曹司よりは、はるかにマトモな人物に――見えていた。

「生真面目で融通がきかなくて堅物すぎて、困っているんだ」
「へ……?」
「私がちょっと女の子に色目を使うと、すぐに、『ジュリアン様は自覚が足りない!』とか何とか言って、雷を落としてくる。おかけで、最近の私のナンパの成功率はガタ落ちだ」

自覚が足りないのは事実だろうと言いたいところだが、ポセイドンに憑依されていた時の記憶のない男にそんなことを言っても始まらない。
星矢たちは、言いたい本音を口にするのをぐっとこらえた。

「そんな堅そうにも見えないけどな。ナンパなツラしてるし」
「とんでもない! 堅くて堅くて、私は辟易しまくっている。そこで、私の頼みだが――」

いよいよ本題である。
星矢たちの嫌な予感はいや増しに嫌な雰囲気を増大し、かつ、彼等の腰は微妙に引けてきていた。
この訳のわからない金持ちのお坊ちゃんが何を言い出すか、彼等には予想もつかなかったのである。






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