「だから、恋だ!」

「へ?」
「ソレントに恋をさせてほしいんだ。恋をしたら、人は少々分別を失うものだということを、彼に教えてやってほしい!」

案の定、ジュリアン・ソロの“頼み事”は、訳がわからなかった。
そもそも、ジュリアン・ソロのナンパは“恋”と呼べるほどご立派なものなのなのだろうか。
彼が分別を失っているのは、どう考えても恋以前、デフォルト状態でのことである。

「そんなの、俺たちに言われてもなー。だいいち、ここには女の子は沙織さんしかいないし」
「いるだろう、もう一人」
「え?」
「女の子みたいなのが」
「…………」

ジュリアン・ソロが何を考えているのかを、とりあえず、星矢たちは認識した。
が、認識することと、理解・賛同することは全く別物である。

「ソレントって、そっちの趣味があんのか?」
嫌そうな顔をして、星矢はソロ家のお坊ちゃんにお伺いを立ててみた。

ジュリアン・ソロが、あっけらかんと答えてくれる。
「ないだろうが、それでいったら、キグナスにその趣味があったか」

「瞬と氷河のこと知ってて、その上での頼み事なのかよ?」
「実際に、ソレントに誰かとくっつかれては困る。仕事に支障が出るからな。彼には失恋してもらわねばならない。アンドロメダならキグナスがいることだし、万一ソレントの思いが通じたとしても、相手は男の子なのだからと説得して引き離せるだろう」

ジュリアン・ソロの頼み事は、つまり、ソレントに恋をさせることではなく、失恋させること――らしかった。
星矢たちが呆れ果てたとしても、それは当然のことだったろう。

「すげー無理のある計画だな」
「完璧だ。私の計画は」
「…………」

さすがは、人類の粛清・地上の制覇という破天荒な計画を大失敗してのけた男だけのことはある。
あの記憶が失われているということは、当人にとっては非常に幸運なことのようだった。

「沙織さん……」
紫龍が、これ以上ないほど顔を歪めて、沙織を振り返る。
こんな馬鹿げたプランを持ち出す愚かな男に、紫龍は、アテナから一言がつんと言ってやってほしかった。

しかし、残念ながら、沙織の答えは、紫龍の期待したそれとはまるで違っていた。
「まあ、ジュリアンが私に構わないでいてくれるのなら、私はどうでもいいのよ。私に異存はないわ。あのマトモそうなソレントが、氷河に敵うとも思えないし」

「…………」×2

紫龍と星矢は揃って絶句、である。
前非を悔いて、ポセイドンの成れの果てと共に贖罪の旅を続けている男に、この対応はあまりと言えばあまりではないか。


「なんつーか……金持ちって、自分の都合しか考えてないのな」
「しかも、自分に都合良くしか考えていないようだな」

星矢と紫龍は、心底からソレントに同情した。
せずにいられなかった。

ともあれ、城戸邸内でのすべての事柄の決定権は沙織にある。
沙織の了承のもと、ジュリアン・ソロとその哀れな道連れは、しばし城戸邸に滞在することになったのだった。






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