ソレントは、金持ちたちの身勝手な計画を知る由もない。
だが、彼は、城戸邸にやってきたその日から、まるで釈迦牟尼の手の上で踊らされている孫悟空のように、瞬に近付き始めたのである。
城戸邸で彼と旧知の仲なのは瞬だけな上、邸内で最も人当たりがいい人間もまた瞬なのだから、それは、ごく自然な帰結ではあったのだが。


「ソレントさんってイタリアの方だと思ったんですが、オーストリアの方なんですね。どうしてソレントってお名前なんですか?」
「それは、ナイチンゲールに、どうしてフローレンスという名なのかと訊くようなものだ」

「え?」
ソレントの例えの意味が、瞬には理解できなかったらしい。
「氷河?」
瞬は、今日も彼の後ろにひっついている白鳥座の聖闘士を振り返った。

「ナイチンゲールは、両親がイタリア旅行中にフィレンツェで生まれて、フィレンツェの英名のフローレンスという名をつけられたんだ」

「ああ、ソレントでお生まれになったんですか」
瞬が納得して、視線をソレントの上に戻す。
「綺麗なところなんでしょう? 僕、歌でしか知りませんが。でも、国籍はオーストリアなんですよね?」
「一応、今もウィーンのコンセルヴァトワールに在学していることになっている」

「コンセ……? 氷河、なに?」
瞬がまた、氷河を振り返る。

「音楽家を養成する学校だ。素直に専門学校と言えばいいものを」
再び、まるで辞書のように氷河が答え、瞬は自分の辞書の余計な補足説明をたしなめた。

「そんな言い方しちゃ失礼だよ、氷河。カッコいいじゃない。その、コンセルバトルロイヤル」

「…………」
瞬の辞書は、持ち主の間違いは指摘しない主義らしかった。






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