そんな馬鹿なことがあるはずがない――アテナの聖闘士たちのせいで混乱している自分自身を落ち着かせようと、ソレントは必死に自分に言い聞かせた。
そして、それが無理とわかると、彼は自分自身を守るための代償行動に出ることにしたのである。

代償行動とはすなわち、この場に氷河がいて、瞬に問われたならば、『心身の緊張や不安・悩みなどをやわらげ、心の安定をたもとうとする適応機制の一種で、欲求が満たされない時、似かよった別のもので満足しようとする機制のことだ』と答えるであろう行動である。

今は共に平和を望む仲間であるアンドロメダ座の聖闘士が、同性間恋愛などという間違った道に進んでいるのは大変よろしくない。それが事実なのであれば、彼を正しい道に引き戻してやらなければならない――。

ソレントは、自分自身の中の真実を見極める行為を中断し、思考の方向転換を図ったのである。
彼は、早速、その足で瞬の許に向かった。


「アンドロメダ、話がある」
「はい? 何ですか?」
「あ……」

が、当初の意気込みはどこへやら、ソレントの心臓は、瞬の顔を見るなり、激しく波打ち始めた。
瞬の後ろに控えている氷河の表情が、目に見えて険悪になっていく。

氷河は、そして、突然思いついたように、瞬の耳許に唇を近付けた。
その唇を、そのまま、瞬の肩口に埋める。

先刻の忠告にも関わらず瞬に話しかけてくるソレントに、自分と瞬の親密さを見せつけるための、あからさまな挑発行為のようだった。

瞬がくすぐったそうに、肩をすくめる。
瞬には、氷河のその行動を咎める気はないようだった。

「氷河、お客さんがいるんだから、ここでそういうことしちゃ駄目だよ」
そう言いながらも、瞬は決して氷河を自分から引き離そうとはしない。


ソレントは、言うべき言葉を見つけ出せず、何も言えない自分に苛立って、怒りに震えながら、二人の前で踵を返した。






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