氷河と瞬のためにずたぼろになった、ソレントのプライド。
そのプライドを粉微塵にする仕上げ作業を受け持ったのは、瞬たちの仲間と女神アテナだった。

「しっかし、あんな冗談を真に受けて、本気で瞬に迫るなんて、単純というか、暗示にかかりやすいというか」
「海闘士たちは、あのカノンにころっと騙されてたわけだし、な……」

「むしろ、恐いもの知らずと言うべきね」
「違いない。瞬に手を出そうとするなんざ、気違い沙汰だよな。人並みの判断力があったら、普通はしないぜ」

「あのジュリアン・ソロに、疑問も抱かずに従っていた海闘士だ、仕方あるまい」
「純粋なのよ、良く言えば」
「言葉を選ばずに言えば」

「ただの馬鹿― !!」 × 2

沙織と星矢が、爆笑しながらハモる様に、ソレントががっくりと肩を落とす。
彼の初恋の大熱は、すっかり冷めてしまっていた。


「ソレント。何も気に病むことはない。恋をすると、人は平常心を失うものなんだ。これで、よくわかっただろう? だから、私のすることにも多少目をつぶってくれ。理性でどうこうできるものじゃないんだ、この手のことは」

すべての元凶であるジュリアン・ソロが、慰めなのか何なのかわからないような言葉を、傷心のソレントに投げかける。
ここまでは、すべてが、金持ちの計画通りだった。

しかし、ソレントの受けた傷は――そんなお為ごかしの言葉で消えるような浅いものではなかったのである。
それは、失恋のショックというより、こんなにも簡単に人間に理性を失わせる恋というものへの恐怖と嫌悪感でできた傷と衝撃だった。


「ダイエットして再挑戦してみたらどうだ? ソレント」
ソレントの憔悴と落胆ぶりに、少しは良心が咎めたのか、ジュリアン・ソロが笑えないジョークで、彼を励ましにかかる。
だが、その時には既に、ソレントの心は決まっていた。

「私はもう二度と恋などしない。一生を贖罪にのみ捧げます」

堅い表情の――以前の数百倍も堅い表情の――ソレントに、ジュリアン・ソロの下世話な笑いは引きつった。

「一度の失恋ごときで、そんな結論を出してしまうのは早計というものだ。人生には潤いが必要なん――」
「ジュリアン様も、これまでの行状を反省して、お改めください。あんなものにうつつを抜かしていると、後々、必ず後悔することになるでしょう」

「いや、人生、後悔するような経験も大事だと、私は――」
「我々は大きな罪を犯した。もっと深く、厳しく、自身を戒めるべきだったのです! それなのに、私は……私は――っっ !! 」

「ソ……ソレント……」
激しい悔悟の念に呻吟するソレントを見て、ジュリアン・ソロは、自分が、藪を突ついて蛇を出す愚を犯してしまったことを、やっと悟ったのだった。




その後、ソレントがダイエットに励んだのかどうかは、誰も知らない。

ただ、それ以降の、ジュリアン・ソロの聖人君子ぶりだけを伝える風聞から察するに、ソレントの厳酷な監視下で、ソロ家の御曹司のナンパが実行不可能になったことだけは事実のようである。






Fin.







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