1889年。 オーストリア帝国の首都ウィーンには、ちらちらと白い雪が舞っていた。 その雪の中、新年を迎えたホーフブルク大宮殿では、皇帝フランツ・ヨーゼフの前で閲兵式が執り行われている。 皇帝近衛連隊の白い軍服が雪に煙り、儚いほどに美しい。 宮殿の中央バルコニーに立つ皇帝の背後に控えていた瞬の目は、その中の一人、金髪の若い中隊長の姿に釘付けになっていた。 白い雪と純白の軍服、騎乗している馬も白い。 その金髪や肩の金モールさえも白さの中に紛れてしまいそうな光景の中で、それでも彼の姿が、瞬の目にくっきりと浮かびあがって見えるのは、彼に従う近衛兵たちの馬が全て漆黒の毛並みをたたえているからだった。 あるいは、それは、瞬の恋する目の力だったのかもしれないが。 見栄えのいい隊長が皇帝の目を楽しませるように配慮されたのか、ちょうど皇帝の正面に、その金髪の隊長に従う一隊が整列する。 この壮麗にして厳格な式の最中、馬上の隊長が、皇帝の斜め横に立つ瞬に短いウインクを投げてきたのに、瞬はひどく慌てた。 「うん……?」 案の定、皇帝が目聡く氷河の悪ふざけに気付く。 瞬の心臓は、一瞬、跳ねあがった。 「彼は……」 軍隊一覧に毎日目を通す皇帝は、隊長クラスの軍人の名や生家は熟知している。 不敬な振舞いをした若い将校の名を、皇帝はすぐに思い出したようだった。 「アルブレヒト・シュテファン――メキシコで亡くなったミラモン将軍の縁者という紹介を受けているが……知り合いか」 氷河の本名がそんな名前だったことを、瞬はすっかり忘れていた。 慌てて、皇帝に腰を折る。 「は……はい、すみません。あとで注意しておきます。氷河は――いえ、あの、彼は、本当はちゃんと――」 「ヒョウガ? それは彼のあだ名か? 瞬の国の言葉か」 「あ……あの、はい。氷河の本名は長ったらしくて、僕には言いにくくて、それで──」 『氷河』というのは、瞬が勝手に彼につけた名前だった。 「どういう意味だ」 「あ……“ Gletscher‐Eis ”……融けない氷の河……」 瞬は、自分が氷河にその名を与えた夜のことを思い出し、微かに頬を紅潮させた。 |