「ああ、ぴったりだな。しかし、彼は、彼の名に自負があるのではないのか?」

皇帝は、彼のあだ名の意味を聞くと、いつもの通り、瞬に温和な笑みを向けてきた。

アルブレヒトはゲルマン語で『輝かしい血統』を、そして、シュテファンはギリシャ語で『王冠』を意味する。
確かに、大層な名前ではあった。

皇帝の言葉の意味を、だが、瞬は理解しかねたのである。

自負を抱くほどの名家の出ではないと、氷河自身は瞬に言っていた。
そもそも氷河が出たミラモン家は、皇帝に疎まれ、オーストリアの皇位継承権を放棄してメキシコに渡った、皇帝のすぐ下の弟フェルディナント・マクシミリアン大公付きの将軍の家である。

皇帝以上にウィーン市民に人気のあったマクシミリアン大公は、彼自身が皇帝になるという野望を胸に新大陸に渡り、そこで非業の死を遂げた。
今から22年前のことである。

マクシミリアン大公は、ゾフィー大公妃と、かのナポレオンの遺児ライヒシュタット公の不倫の子なのではないかという噂の持ち主で、母であるゾフィー大公妃も、長子のフランツ・ヨーゼフより次男の彼を溺愛していた。

これで、皇帝たる兄と、野心に燃える弟の仲が、うまくいくはずがない。
マクシミリアン大公の死から20年以上が経っても、彼に縁のある家の者たちは、あまり皇帝の覚えがめでたくない──というのが、宮殿内の者たちの大方の見解だった。
瞬自身は、皇帝はただ、仲違いしたまま、死によって引き裂かれた不幸な弟を思い出すのが辛いだけなのだと、思っていたのだが。


いずれにしても、そんな中で、皇帝近衛隊への入隊を許され、若くして隊長になれただけでも、氷河は相当に──“出来のいい”軍人なのである。

「近衛隊の隊長の座は、顔と体格で手に入れるものだろう。俺が出世できないはずがない」
と氷河は言う。
そして、確かにそれを即座に否定することができないほどに、氷河は美しい男ではあった。

だが、瞬は、彼がそれだけの貴族の子弟ではないことに気付いていた。
彼には、何らかの野心があるように感じられた。
この斜陽の時期を迎えつつあるハプスブルク家に、落日の帝国に、彼が何を求めているのかは、瞬には想像もできないことだったが。

ただ、彼がもしルドルフ皇太子のように皇帝と対立することになったなら、自分は氷河ではなく皇帝の側に立つことになるのではないかと思う。
瞬は、それが不安だった。


「名前に自負なんて、そんなことはないと思いますけど……。僕が氷河って呼ぶと、氷河はいつも嬉しそうに――あ、いえ……」

口ごもった瞬に、幸い、皇帝はそれ以上の追及は試みなかった。
彼のために整列している兵たちの方へと視線を戻す。

瞬はほっと安堵の息を洩らして、また従前のように、穏やかで無個性でさえある皇帝の横顔を、側仕えの立場から見守ることになったのである。
皇帝フランツ・ヨーゼフは、瞬にとって、命の恩人のようなものだった。






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