「お気の毒です、陛下は。この帝国の頂点に立つ方が、あんなに不幸だなんて」 以前の氷河は、二人きりでいる時に、瞬が皇帝の話を持ち出しても、さほど嫌がる素振りは見せなかった。 が、最近は、そういう時に示す彼の態度が変わってきている。 「皇帝自身が納得しているのなら、余人の口出しできることではあるまい。彼はそれでも皇帝なんだから」 そういう時、最近の氷河は、どこか投げやりで辛辣な口調になる。 彼が、皇帝のそんな話を聞きたくないと思っているのは明白だった。 氷河が、己れの主君に求めているのは、そんな人間らしさではなく、毅然として動じない帝王の強さなのかもしれない。 だが、あいにく瞬は、皇帝に関して、そういう情報を持ち合わせていなかったのである。 「でも、あそこまで、ご自分を殺す必要がどこにあるの」 瞬が瞼を伏せると、氷河は、その伏せられた瞼に唇を寄せてきた。 彼のその唇が、ふいに不敬な例え話を言葉にする。 「俺が皇帝だったなら、そんなことで泣き言を口にしたりはしない」 「え?」 瞬が氷河の言葉に驚いて、瞳を見開く。 氷河はその視線を捉えて微笑し、そして、 「いや、俺は気楽な一介の軍人で、だからこそ、瞬とこんなふうにしていられるんだがな」 先程まで彼自身を収めていた場所に、その指を忍び込ませてきた。 「あ……ん……」 氷河がまだ満足していないことを知らされた瞬の身体が、また期待で疼き始める。 ごまかされたような気がしないでもなかったが、氷河の誘いは、瞬の思考をすぐに麻痺させてしまった。 氷河と瞬の逢瀬の場は、そのほとんどが、瞬に与えられた宮廷内の彼の私室だった。 ウィーン市内には氷河の館があることはあるのだが、皇帝の気に入りの侍従である瞬は、あまり宮殿の外に出る機会を得られない。 そんな瞬の許に、氷河は毎晩のように忍んできていた。 一度、氷河がウィーン市内に構えている屋敷に行ったことはあるのである。 だが、ここでは遠慮なく声を出せと言われ、それまで経験したことのない愛戯を仕掛けられた瞬は、氷河の突飛としか思えない――瞬にしてみれば――愛撫に仰天してしまったのだった。 瞬は、むしろ、宮殿内の小部屋で声を押し殺しながら、氷河の愛撫に耐えている方が好きだった。 叫びたいのを我慢している方が、落ち着くのである。 最初のうちは、 「どうしてそんなに我慢しようとするんだ」 と不満そうだった氷河も、最近は、それが瞬の悦び方なのだと心得てきているようだった。 「あまり我慢ばかりしていると、あの皇帝のようになってしまうぞ」 笑ってそう言いながら、氷河は瞬にいたずらを試みてくる。 だが、その夜の氷河は、いつになく乱暴で、そして執拗に瞬を求めてきた。 まるで、全てを従容として受け入れ耐え続けている瞬に、苛立ちをぶつけるかのように。 |