「ああ……朝……。僕、行かなくちゃ」 昨夜、自分がまともに眠れたのかどうか、瞬は自信がなかった。 それでも朝はやってくるのだから、皇帝の許に行かなければならない。 「大丈夫か」 皇帝付き従者のお仕着せの白いリボンを手渡しながら、氷河が瞬に尋ねてくる。 「大丈夫かどうか、氷河にはわからないの」 「今夜はあまり無理はさせないから、怒らずにちゃんと部屋に入れてくれ」 「……もう」 どうやら精力があり余っているらしい我儘で悪気のない恋人に、瞬が溜め息をつく。 少し足許がふらついていた。 昨夜、何が氷河を怒っていたのか、瞬には結局わからないままだった。 それでも自分が瞬に無理強いしたことは自覚しているらしく、勤めが昼からの氷河は、瞬を気遣って皇帝の執務室の前まで瞬に付き添ってきてくれた。 瞬がその部屋の扉を開けようとした時、皇帝とルドルフ皇太子の言い争う声が、瞬と氷河の耳に飛び込んでくる。 オーストリアはドイツと手を切り、ロシアやフランスと結ぶべきだと、少々ヒステリックな声で、皇太子は皇帝に訴えていた。 こういう場面にはこれまでにも幾度か出合っていて、いい加減に慣れてきてもいたのだが、それでも、瞬は、皇帝と皇太子の対立に眉を曇らせた。 氷河が、平行線を辿るだけの親子喧嘩を、鼻で笑ってみせる。 「ふん。急進派を気取る皇太子の、無知と反抗心からくる我儘か。帝位の栄光が約束されていて、何が不満なんだ、あの皇太子は。もう少し利口になればいいものを。俺なら、もっと上手く牛耳ってみせる。皇帝も帝国も――」 「氷河……」 氷河は、やはり、何かに苛立っているようだった。 吐き捨てるようにそう言って、その場を立ち去ろうとする氷河を、瞬は追いかけた。 「氷河! どうしたの。夕べから何か変だよ! ううん、このところずっと、氷河は――」 「何でもない」 「何でもないってことはないでしょう。氷河!」 「おまえには関わりのないことだ!」 食い下がる瞬の肩を、氷河が軽く押しのける。 それは決して突き飛ばすほどの力もない動作だったのだが、昨夜ほとんど眠らせてもらっていなかった瞬の身体は重心を見失ってよろめき、廊下の壁に支えを求めることになった。 |