「しゅ……瞬、すまない、大丈夫かっ !? 」
氷河が慌てて謝罪し、瞬に手を差し延べてくる。

氷河の乱暴に驚いて声も出せずにいる瞬を、彼は皇帝の執務室の隣りにある控えの間の長椅子に運んだ。
「……すまなかった」

再び謝罪を入れてくる氷河に、少し落ち着いてきた瞬は、くぐもった声でもう一度尋ねたのである。
「僕には関わりのないことなの。氷河のことなのに」

「…………」
氷河は、しばし、それを瞬に告げるべきかどうか迷っていたようだった。
俯いてしまった恋人の前に、やがて氷河が膝を折る。

彼は、ビロード張りの椅子の上で小さな拳を作っている瞬の手に、その手を重ね、口を開いた。
「……俺は、本当は、ミラモン家の者ではないんだ」
「え?」

「俺の父は、メキシコで亡くなったフェルディナント・マクシミリアン。狂いかけてオーストリアに戻ってきた母から生まれた。皇帝フランツ・ヨーゼフは、俺の伯父だ」
「陛下の甥……? 氷河が?」
「そして、ナポレオンの曾孫ということになるな」

「…………」
瞬は、驚きのあまり、言葉を失った。

フェルディナント・マクシミリアン大公が、ナポレオン2世ライヒシュタット公とゾフィー大公妃の間に生まれた不倫の子だという噂は瞬も聞いていた。
では、それは、根も葉もない噂話ではなかったのだろうか。

「皇帝は、俺の父を憎んだ。ゾフィー大公妃は長男である皇帝よりも、次男である俺の父の方を溺愛していたし、軍事的才能も国民の人気も父の方が上だったから。俺が生まれた時、皇帝の憎悪と妬心が父から俺に向けられることを心配した祖母は、俺をミラモン家に預けた。だから、あの世間知らずの皇太子は俺の従兄ということになる」

ナポレオンの軍才、ハプスブルクの高貴な青い血、帝位を求めてメキシコに渡った皇弟マクシミリアン大公の野心。
それらすべてが、氷河の中にあるのだとしたら、帝国の現状は、彼にとって我慢ならないものなのかもしれなかった。
帝国に鳴り響く晩鐘の音を聞きながら、氷河は苛立っていたのかもしれない。
すべてに教条的で変化と決断を嫌う凡庸な皇帝にも、改革を急ぐあまり足許の見えていないような皇太子の無謀にも。

自分ならもっと上手くやれると、彼は、おそらくそう思っているのだ。






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