「……諦めてはいるんだ。だが、あの皇帝と皇太子への嫉妬は、自分でも抑えようがなくて――。ただ、長男に生まれただけ、その長子として生まれただけで、あいつらは皇帝で皇太子だ。俺の父はメキシコに追いやられ、そこで罪人のように反逆者たちに殺された。その子の俺は、皇室とは何の関係もない一介の軍人として一生を終える……」

呟くように言ってから、氷河は、許しを乞うように瞬の瞳を見詰め、言葉を続けた。
「すまない。俺が最初におまえに近付いたのは、皇帝の情報を得たいがためだった」

氷河のそんな懺悔は、今の瞬にはどうでもいいことだった。
今の瞬にはそんなことよりも、氷河の無念と野心の方が重大事だったのである。
「氷河は……皇帝になりたいの」

自分にはそれだけの才気と器があると思っているのだろう、氷河は。
確かにそうなのかもしれない。
だが、そんなことになったら――氷河は、自分は――。
瞬はその先を考えたくなかった。

瞬の懸念を、氷河が笑って――不自然に笑って――否定する。
「今は、その気は失せた。おまえから聞く皇帝はただの不幸な男だし、それに皇帝などになったら」
白い軍服に包まれた腕を伸ばし、氷河が瞬の肩を抱きしめる。
「あの皇太子のように好きでもない女と結婚させられて、父親としての情愛を捨てた皇帝と言い争うだけの毎日を過ごさなければならなくなるらしいからな。こうして、おまえを抱くこともできなくなるだろう」

「氷河……」
瞬は、氷河の腕の中で彼の温もりを感じながら、それでも、彼の言葉をそのまま信じることができなかったのである。
昨夜の、苛立ったような氷河の愛撫を思い出す。
彼は、諦めてなどいないのだ。


「今はおまえがいればいい。本当だ。おまえが俺を幸福にしてくれている。今の俺の野心は、おまえの心のすべてを手に入れることだけだ」

「…………」
瞬が信じられないのは、氷河の自分への愛情ではなく、彼の野心と無念が恋などのために消散することの方だった。

氷河が、言葉を重ねる。
「おまえに信じてもらうためになら、跪いて神に宣誓してもいいぞ」
「そんなことはしなくても……」
「そんなことをしなくても、今夜もおまえの部屋に入れてくれるか?」

氷河の手の平が、瞬の首筋に触れる。
それだけのことで、氷河の言葉を信じたくなる自分が、瞬は切なかった。






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