「僕、行かなくちゃ。陛下が――」

何を信じればいいのかがわからない。
瞬は、自分の気持ちを整理するために、今は氷河のいないところに行きたかった。
長椅子から立ち上がり、ドアの取っ手に手をかける。

「瞬、忘れ物だ」
「え?」
ドアを開けたところで、瞬は氷河に右の腕を引かれ、次の瞬間には、彼にその唇を塞がれていた。
瞬に何の答えも貰えないことに、氷河は不安を覚えていたのかもしれなかった。

場所柄をわきまえない恋人の背に、それでも瞬が腕をまわす。
彼にしがみついていくことの他に、今の瞬にはできることがなかった。


氷河の長いキスのせいで、瞬の意識が薄れかけ始めた時、
「ほう、皇帝近衛隊の隊長殿と、陛下のお気に入りの逢引か? この不粋な宮殿で、こんな気の利いたシーンを見ることができるとは」
ふいに、瞬の背後から、ルドルフ皇太子の感心したような声が響いてきた。

瞬の唇から唇を離さずに、氷河が、目だけで不粋な闖入者の正体を確かめる。
それが、彼の憎悪と妬みの対象となっている男だと認めてから、彼は、長いキスから瞬を解放した。

「あ……」
瞬が、氷河の顔を覗き込むと、彼の青い瞳には敵愾心としか言いようのないものが浮かんでいた。
口では諦めたと言いながら、やはり、氷河の中に長い間育まれてきたものは、完全には消え去っていないのだ。

そこにいる武官が自身の従弟だということなど知りもしない皇太子が、氷河の存在を無視して、瞬に話しかけてくる。
「陛下には内緒にしておいてやるから、頼みを聞いてくれ。陛下に部屋を追い出されてしまった。瞬、とりなしを頼む。おまえが言ってくれれば陛下も気が変わられるだろう」

「はい。あ、じゃ、あの氷河、あとで……」
「ああ」

氷河の瞳に潜む憎悪を、皇太子に気付かせるわけにはいかない。
瞬の意図を察したらしい氷河は、すぐに踵を返した。






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