廊下を遠ざかっていく氷河の後ろ姿を見やりながら、ルドルフ皇太子は、大きな溜め息を一つ吐き出した。

「世の中には羨ましい男もいるものだな。才能と容姿に恵まれ、自分の好きな相手と恋を語る自由までが、その手の中にある」

「殿下……」

「私は彼になりたいよ、瞬」
それは、嘘偽りのない本心からの吐露のようだった。
氷河が望んで手に入れることのできないものを手にしながら、当の皇太子は氷河の自由を羨んでいるのだ。

皇太子は、つい先日、皇太子妃との離婚を独断でローマ法王に申し出て、それを拒否され、皇帝に叱責を受けたばかりだった。
数人の愛人の間を渡り歩いているとも聞いていたし、モルヒネ中毒の噂もある。
事実、その顔色は、亡霊のように青ざめていた。

氷河は、彼の皇太子としての境遇を羨み、皇太子は、氷河の自由を羨む。
誰を羨むこともなく生きてきた瞬には、生きていられればそれだけで幸せだと思っていられる自分こそが、最も恵まれている人間なのかもしれないとさえ思えてきてしまったのである。


その日、皇太子は瞬のとりなしで再び父帝と合間見えたが、結局、父と子は再び決裂したらしかった。






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