それから数日後のことだった。
ラリッシュ公爵夫人が瞬の許に駆け込んできたのは。

皇太子と彼の愛人たちの間を取りもっているといわれている公爵夫人は、取り乱した様子で皇帝への謁見を求めてきた。

「殿下が、マリー・ヴェッツェラと……!」
皇太子の愛人の一人の名を出して、公爵夫人は瞬に取りすがってきた。

「どうされたのです。陛下は執務中です。そのように取り乱していては、陛下に会わせることなどできません」
瞬が皇帝の執務室の前で、公爵夫人と押し問答をしていると、騒ぎを聞きつけたらしい氷河がその場にやってきた。

「瞬、どうしたんだ」
「殿下は死ぬおつもりなんです!」
公爵夫人が、今度は皇帝の近衛隊の武官に向かって、甲走った声を投げつける。

「確証もないのに、そんなことを口にするのは感心しません、公爵夫人」
「でも、そうなんです!」
「明日には戻ってくるだろう。明日は、皇帝夫妻主催の晩餐会がある。皇太子が出ないわけにはいかない」

公爵夫人を落ち着かせようとしているにしても、氷河の態度は冷淡に過ぎた。
瞬は、嫌な予感を――皇太子の動向にではなく、氷河の態度に――覚えたのである。

「氷河、警視総監に殿下の行方を捜させて」
「馬鹿馬鹿しい。皇太子が死ぬつもりだと? そんなことは杞憂にすぎない。無駄な騒ぎを起こして、皇太子を笑いものにすることの方がよほど――」
「杞憂に過ぎなかったら、そのことを確かめられればいい! 氷河は……氷河は、殿下の死を望んでるの !? 」
「瞬……」

瞬は、それが――氷河が、人の死や破滅を願っているのかもしれないと思うことが――怖ろしかったのである。

「殿下は、氷河が羨ましいって! 自由で羨ましいって! 氷河になりたいって言ってたよ!」
「瞬……」

瞬は、氷河に、そんな怖ろしい望みを抱いてほしくなかった。






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