皇太子の死の報告を受けてから、葬儀の間中も、皇帝は涙ひとつ見せなかった。 彼は泣くことができなかったのである。 皇帝が、取り乱したり弱った姿を人目にさらすようなことをしたら、瓦解寸前の帝国の臣民に不安を与えることになるのだ。 だが、瞬には皇帝の涙が見えていた。 涙の無い皇帝の慟哭が、瞬にはわかっていた。 「私には何の言葉もなく……結局、私は私自身を捨てたことで、最愛の息子まで失ってしまった。最後まで理解し合うことなく、父親らしいこともできずに――」 皇帝が初めて嘆きの言葉を口にしたのは、皇太子の葬儀を済ませ、弔問にやってきた大臣や各国大使の応対を完璧にやり遂げてからだった。 「陛下……」 こんなことになっても、異国の子供にしか悲しみを見せられない皇帝の力無い肩を見るのが、辛くてならない。 どうにかして、この不幸な父親を慰めてやらなければならないと、瞬は思った。 「そんなことはありません。殿下は、お妹君、マリー・ヴァレリー様宛ての遺書に、国の要である陛下がいなくなったら、この国は滅びるだろうから、陛下亡き後にはすぐに国を出るようにと、書かれていらしたそうです。陛下がただお一人でこの国を支えてらっしゃることを、殿下はわかってらした。わかっておいでだったんです!」 ハプスブルクの皇帝の立場がわかっていたなら、父の苦衷も理解し得たはずだと、瞬は皇帝に告げた。 「わかり合えていなかったなんてことは、絶対にありません。殿下はただ……陛下のように強靭なお心をお持ちでなかった──お強くなかった。でも、きっと、陛下を愛してらっしゃいました。そうでなかったら、ルドルフ殿下は死んで当然の愚か者です! 陛下がお嘆きになる価値もありません!」 死者を鞭打ってでも、瞬は、この衝撃から皇帝を立ち直らせなければならなかった。 ここで皇帝が絶望に負けてしまったら、帝国のために自らを殺してきた彼のこれまでの数十年間は無意味だったことになる。 フランツ・ヨーゼフという存在が、本当に、無になってしまうのだ。 「瞬……」 息子を失った父の代わりに涙を流している瞬の頬に、皇帝が――不幸な父親が――手を伸ばしてくる。 「瞬は本当に優しいな……甘えたくなる」 60に手の届こうとしている父親に、ただ一人の息子を失う痛手は大きすぎるほどに大きいものだったのだろう。 皇帝のそんな弱音を聞くのが、瞬は苦しくてならなかった。 ハプスブルクのしきたりから逃れ、個人として存在することを求め続けたただ一人の息子。 そんな息子だからこそ、自分に反発する息子だからこそ、皇帝は、彼を愛していたに違いない。 自分にはしたくてもできない生き方をする息子と妻を、その自由を、自分の代わりに自由を生きるものとして、皇帝は誰よりも愛し続けていたのである。 「陛下がお強すぎるのです。悲しいくらいに」 「私は……帝国のために生きる空虚なただの人形にすぎん」 帝国のために生きる人形の悲しい微笑は、瞬にまた新しい涙を運んできた。 |