「陛下、お呼びですか。……瞬 !? 」

瞬の涙が止まらないのに、皇帝が弱り始めた時、彼の近衛隊の隊長が皇帝の執務室に入ってきた。
彼は、瞬が皇帝の胸で泣いているのに驚き、一瞬、瞳を見開いた。

「ああ、驚かせたか。すまない、私が泣かせてしまった」
皇帝が、部屋の端にある長椅子に瞬を座らせてから、自身の執務机に腰をおろす。

氷河は、横目で瞬を気にかけながら、皇帝に用向きを尋ねた。
「……ご用は? 埋葬の警備の件でしたら、手配はすべて済んでおりますので、変更の指示はお早めにお願いいたします」

事務的な氷河の口調。
白い軍服につけられた喪章はただの飾りなのかと、従兄の死も伯父の嘆きも、今の氷河には遠い場所にあるものなのかと、瞬は氷河を責めたくなった。
氷河は、立場上、嘆きを表に出すことができないだけなのだと、無理に自分に言い聞かせながらも。

「いや、別件だ」
皇帝が、氷河の問いかけに左右に首を振る。

「はい?」
氷河が皇帝の意図を測りかねた様子で尋ね返すと、皇帝はしばし、金髪の近衛隊長を静かに見詰めて、それから、ゆっくりと口を開いた。

「──帝国は皇太子を失った。次の皇太子は誰だと思う」
「陛下には他に男子はおりませんので、次期皇太子殿下は、陛下の弟君カール・ルードヴィヒ大公の長子、フランツ・フェルディナント様と心得ておりますが」
「私には、カール・ルードヴィヒより年長の弟がいた」
「存じあげております。メキシコ皇帝、フェルディナント・マクシミリアン大公」

亡き父の名を、氷河が動じた様子も見せずに唇にのぼらせる。
代わりに、瞬の心臓が大きく跳ねあがった。

「マクシミリアンには男子がいる。神と皇帝の認めた結婚から生まれた正嫡、しかも、若く有能だ」

皇帝のその言葉が、それまで冷然としていた氷河の顔に、初めて表情らしきものを浮かべさせる。
皇帝が、甥の存在を知っていることを、皇帝の甥自身はこれまで知らずにいたのだ。

氷河の戸惑いを無視して、皇帝は言葉を続けた。
「皇帝になりたいか? ──野心はあろう。あのマックスの息子だ。そして、あのナポレオンの血を引いている」

何もかもを、彼は最初から知っていたものらしい。
そして、彼が、氷河をこの場に呼んだのは、
「この国を引き取ってくれるのなら、私は、オーストリア・ハンガリー帝国の帝位を、そなたに譲ろう。私はもう疲れた」
その甥の地位を回復するためだったらしい。


「あ……」
皇帝の決意に動揺したのは、氷河よりも瞬の方だった。
皇帝の提案は、瞬にとっては死刑宣告も同様のものだったのである。

瞬の、初めての恋の――。






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