氷河は無言だった。
そして、いつのまにか、元の無表情に戻っていた。

彼は、皇帝の意図を、未だに測りかねていたのかもしれない。
氷河にとって、オーストリア帝国の帝位は、“疲れた”程度のことで放棄できるような軽々しいものではなかったのだろう。

氷河の野心が消えていないことを、瞬は知っていた。
もしかしたら、氷河なら、この滅びかけた大帝国を立て直すことができるのかもしれないとも思う。

だが、瞬は──瞬は、皇帝フランツ・ヨーゼフを尊敬してはいたが、氷河に彼のようにはなってほしくなかった。
この帝国の支配者になるということは、幸福になるという希望を捨てることと同義である。
そして、おそらく、そんなことになったなら、瞬は氷河とこれまでのような関係でいることができなくなるのだ。

だが、瞬には、何も言う権利がなかった。
何も言えなかった。
氷河が手にしようとしているのは、この地上にある最高の権力なのである。
恋を犠牲にして、氷河がそれをその手に掴もうとしても、瞬には何も言えない――むしろ、それは当然の選択なのだ。

瞬にできることはただ、俯いて、自分の恋の死刑宣告を待つことだけだった。

氷河の視線がまっすぐに自分に注がれていることにも、瞬は気付いていなかった。






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