不安に背中を押されながら、瞬は、その足で氷河の部屋に向かった。
氷河は、つい先程までの瞬と同じようにベッドの上に、瞬とは違って仰向けに、横になっていた。

「氷河、ゲームしない?」
「なんだ、唐突に?」

今朝の自分の唐突さを棚に上げ、氷河がベッドの上に身体を起こしながら、瞬に尋ねてくる。
今朝方の氷河と同じように、瞬は、氷河の疑念を無視した。

「簡単なクイズだよ。答えがわかったら、その答えをプレゼントしてあげる」
「瞬?」

「全部一文字で答えてね。
 問1 絵画のことを一字で何と言うか。
 問2 三重県の県庁所在地はどこか。
 問3 人間の体重の約10パーセントを占める液体は何か。
 問4 生きていないことを何と言うか。
 問5 人間の身体の部位の中で、最も脳を活性化させるものはどこか。
答えを全部つなげてできた文が――」

「瞬!」

瞬は、そのクイズの問題を最後まで言い終えることができなかった。
他ならぬ氷河に遮られて。

それでも、自分の意図は伝わっただろうと考えて、瞬は氷河を見詰めた。
氷河のあの青い瞳が、瞬を見詰め返している。

ややあってから、氷河は、低い声で、
「駄目だ」
と、瞬に告げた。

瞬は、思ってもいなかった氷河の拒絶に、思わず我を忘れてしまったのである。
「どーしてっ !? 僕がその気になったら、氷河、いつでも受けて立つって言ったじゃない。僕、今、その気になってるんだから!」

瞬の激昂に、しかし、氷河は慌てた様子は見せなかった。
相変わらず、その目は青く冴えている。
「その気になっているようには見えない」

「でも……じゃあ……」
実際、瞬は、悲壮ともいえるほどの決死の覚悟で、氷河の部屋を訪れたのである。
だが、だからこそ、ここで氷河に拒絶されてしまうのはたまらなかった。

「じゃあ、僕、どうすればいいのっ」
「その気になるまで待つと言ったろう」
「氷河、したいんでしょ? 氷河がそうしたいんなら、僕、我慢するよ!」

なぜ、この段になって氷河が自分を拒むのか、瞬にはその訳がわからなかった。

「そんな理由でできるか。だいいち、あれは、我慢してするようなことじゃないだろう」
「そんな理由じゃ駄目なの」
「駄目だろう」
「じゃあ、どうすれば……」

瞬は泣きたくなってきたのである。
散々『したいしたい』とわめいておいて、いざとなった途端に、この仕打ちはあまりである。

「僕はしたいんだよ!」
「嘘つけ」
「嘘じゃないってば! だって……」
「だって?」

問われて、瞬は開き直った。
綺麗事は、もう言っていられない。

「今まで通りでいようって言い張ってたら、氷河、僕以外の人に目移りしちゃうかもしれないじゃない! 僕は、それが嫌だ。だから、したい。仕方なしでも、我慢してするんでもなく、僕が、自分のためにしたいんだよ……!」

要するに、それが瞬の本音だったのである。
瞬は、氷河に見放されるのが怖かったのだ。


――初めての“それ”に挑む決意を人間に促す真の要因とは、案外そんなものなのかもしれない。






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