「氷河、動物ごっこしてみようか」
「動物ごっこ?」
「うん。氷河となら、それも楽しそうだって思う」

瞬からの提案を聞いた氷河が、一瞬、毒気を抜かれたような顔になる。
瞬の表情から気負いが消えているのを見てとって、彼は、だが、それでも瞬の意図を探るように、瞬に告げた。

「あー……。じゃあ、俺がオーカミで、おまえが」

「マグロ」
「……マグロ?」
「だって、僕、きっと、冷凍マグロほどにも気の利いたことできないよ」
「それは……俺がじっくり解凍してやるが……」
「氷河は、凍らすのが専門でしょ」
「俺は、おまえのためになら、氷も燃やしてみせるぞ」
「うん。期待してる」

瞬は、どうやら、今度こそ本気で“その気”になったらしい。
まだ確信が持てないままに、氷河は、瞬に命じて――指示してみた。
「じゃあ、とりあえず、マグロはそこに横になってみろ」
「うん」

頷いて、瞬は、氷河に言われた通りにした。
氷河が、自分の横で寝台をきしませる音を聞いて、目を閉じた。
が、氷河がなかなか自分に触れてこないので、恐る恐る目を開ける。

瞬の目の前に、氷河の青い瞳があった。

その青い瞳の主は、何やら怪訝そうな顔をして瞬を見詰めていたのだが、ややあってから、彼は、微かに眉根を寄せながら、瞬に尋ねてきた。
「瞬。おまえ、本当の本当は、ただ怖がってるだけなんじゃないのか?」

言われた途端に、瞬は、ぎくりと身体を強張らせてしまったのである。
「ぼ……僕、今、マグロだから怖がってなんかいないよ……!」

自分でも、声が震えているのがわかる。
瞬は、穴があったら、そこに逃げ込みたい衝動にかられた。
それだけは――それだけは、何があっても、氷河に知られてはならないことだったのである、瞬にとって。

「瞬、本当に無理しなくてもいいんだぞ。今なら、まだ――」
氷河はその顔に、どこか決まりの悪そうな――おそらく、瞬に同情して――色を浮かべている。
意地を張っているわけでも何でもなく、氷河は、心底からそう思っているようだった。

おかげで、瞬の方が、意地を張らざるを得なくなってしまったのである。
「こ……怖がってなんかないよ! 怖くなんかないけど、ただ……」
「ただ?」
「凍ったマグロのはずなのに、心臓がものすごくどきどきしてるだけ……」

それだけ言って、瞬は、頬を朱の色に染めて、つっと氷河の上から視線を逸らした。

氷河が、意地を張った瞬のその様子に、小さく嘆息する。
ここまで来たら、“これ”は怖いことではないのだと瞬を安心させるべく努めた方が有益にして賢明である。
氷河は、瞬の襟元から右の手を中に忍び込ませ、瞬の胸に、撫でるように触れた。
「本当だ」

氷河の手に触れられて、瞬の心臓がますます、それこそ破裂しそうなほどに激しく波打ち始める。
氷河が薄く笑ったような気がして、瞬は唇を噛みしめた。

「ひょ……氷河、僕を馬鹿にしてる?」
「なぜだ。俺も似たようなものだぞ」
「え?」

それは、瞬を安心させるための嘘ではなかった。
なにしろ、待ちに待って待ち続け、ついに訪れたこの時なのである。
氷河とて、冷静でなどいられるはずがなかった。

「触ってみろ」
「う……うん」
瞬が、疑うように、氷河の心臓の上に指先を伸ばす。
それは、氷河の言葉通り、大きく打っていた。

「ほんとだ」
「だから、お互いさまだ」
「うん」

瞬は、自分だけが馬鹿のように緊張しているのではないと知らされて、ほっと安堵し、そして、その目許に笑みを浮かべた。

それから、肩の力を抜く。
氷河は怖くなどない。
そんなことは、最初から知っていたはずなのだ。


実は、瞬のその笑顔を見た途端に、氷河の心臓とは別の部分がもっととんでもないことになっていたのだが、瞬がその事実に気付くのは、もう少し後のことになった。



瞬は、最初のうちは恥ずかしがっているだけだったのだが、そのうちに、喘ぐわ、泣くわ、本気で逃げようとするわの、大騒ぎを始めた。
それでも氷河は根気よく瞬をなだめ続け、なんとか、二人の記念すべき初の動物ごっこを遂行してのけたのである。

最初のインサートまで前戯1時間になんなんとする、それは、実に困難を極め、障害の多い、大事業にして難事業だった。






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