──4年後。
明治2年、三春。

三春の瞬の屋敷には、遅い春が訪れ、そして去ろうとしていた。

庭の片隅に立ち、行く春を惜しんでいた瞬に、一瞬ためらってから、氷河が、たった今届いたばかりの知らせを告げる。
「瞬、箱館の五稜郭が落ちたそうだ。11日、土方も戦死したらしい」

「そう……」
瞬が、辛そうに眉根を寄せる。
その知らせがあることを、瞬はもう、かなり以前から覚悟していた。

徳川幕府はこの世から消え去り、時代は既に明治になっている。
箱館の五稜郭で最後の抵抗をしていた者たちの未来は、最初から見えていたのだ。

1年前に新撰組局長・近藤勇斬首、その二ヶ月後、一番隊組長沖田総司が、肺結核の療養を続けていた江戸千駄ヶ谷で没している。
夢を追って、多摩の田舎から京にあがった青年たちは、仲間たちと共に夢を追い続けることのできた自らの人生に満足していたのだろうか。
賊軍として追われ、敗れても──それでも、本望だったのだろうか?

そうだったのだと、瞬は信じたかった。

三春藩は、後に自由民権運動の総帥となる河野広中の意見を容れ、いちはやく奥羽越列藩同盟から反盟し、官軍側についた。
官軍に無血帰順した三春藩は、奥羽戊辰戦争での犠牲者も皆無に近く、明治新政府内でも、最後まで新政府に対抗し続けた会津藩や仙台藩とは比べ物にならないほどの優遇を受けている。

ゆるやかに時代は移っていた。
死んでいった者たちには怒涛の時代だったろう。
それを、“ゆるやか”と感じていられる場所に立っている自分が、瞬は切なかった。

「奴等は、自分たちの夢と、その夢を同じくする仲間たちに殉じたんだ。武士としての意地や時代に流されたわけじゃない。悲しむな」

氷河のその言葉に、瞬は顔をあげ──そこに、瞬は、かつての仲間たちの死を悼む瞳を見付けた。
それは、瞬に慰めと生きる力を与えてくれるものだった。

時代に流されたわけではない──。
そう思われることが、死んでいった者たちへのいちばんの手向けになるのだろう。
そして、そう信じることで、生き残った者たちもまた、これからの生を生きていけるのだ。

「うん……」
瞬は、頷くように氷河の肩に頬を預け、そして、低く呟いた。
「僕は──僕も、僕の夢を叶えてみせるよ」


瞬の屋敷の庭には、三春の名の由来である三種類の花の木が植えられている。
今年は特に、春が遅かった。

「梅が近藤さんで、桃が沖田さん、桜が土方さん……かな」

三春の梅と桃と桜は、同時に咲いて、同時に散る。
同じ風の中で戯れあうように散っていく3つの春の花の花びらを、瞬と氷河は、それ以上の言葉もなく、静かに見送った。













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