「ねえ。じゃあ、こうしない? ヒョウガが僕と勝負するの。僕が負けたら、僕はもう我儘は言わない。でも、僕が勝ったら、ヒョウガはニキアスにオリンピア祭の出場権を譲る。僕より弱いのにオリンピア祭で優勝して、みんなに讃えられたって、ヒョウガには名誉でも何でもないでしょう?」
それでも競技会出場をやめるとは言わないヒョウガに、業を煮やしたらしい。
シュンはまた、思いがけない提案を持ち出してきた。

「……どうして、そこまで、あんな奴のために──」
シュンの言葉に幾分揺れ始めていたヒョウガの心が、シュンの口から他の男の名が出たことで、再び頑なになる。
ヒョウガは、シュンの挑戦を受け流すことができなかった。

「で? 種目はスタディオン走か?」
「それは、僕が勝つに決まってるから……パンクラティオンでいいよ」
「パンクラティオン?」
シュンが持ち出してきた意外な種目名に、ヒョウガは瞳を見開いた。

ギリシャ語で『パン』とは『すべての』、『クラティオン』は『力強い』を意味する。
パンクラティオンは、素手でならどんな攻撃をしてもよいというルールの格闘技で、間接技や首を絞めることも許され、ボクシングと同様にどちらかが敗北を認めない限りは勝負が決することのない熾烈な競技だった。
到底、シュンに有利な種目ではない。

「速さを競う勝負ならともかく、腕力勝負のパンクラティオンでは、おまえに勝ち目はない」
「降参しさえしなければ、どんなに劣勢でも、負けたことにはならない競技でしょ」
まるで挑むように言い募るシュンに、ヒョウガはひどく辛い気持ちになった。
シュンの言葉が、自分を苦しめるために発せられているように聞こえる。
それは、ヒョウガには耐え難いものだった。

しかし、シュンの選んだ競技がパンクラティオンでは、ヒョウガはまともにシュンの相手をする気にはなれなかったのである。
屋敷の奥にある簡易の競技場に移動するのも面倒とばかりに、ヒョウガはその場でシュンの腕を掴みあげ、そのままシュンの身体を御影石のベンチの上に引き倒した。

「どうする? このまま腕をへし折られるか?」
「ヒョウガがそうしたいのなら」
ヒョウガに脅迫めいたことを言われても、シュンはひるむ様子を見せない。
彼は、自分を組み敷いている男の顔を見あげ、睨みつけた。
シュンのその眼差しを受けて、ヒョウガが少し気弱になる。

「そんなに、ニキアスのことが気になるのか」
「ヒョウガは、僕に名誉を捨てさせておいて、自分のそれだけは守ろうとするんだね」
ヒョウガの知りたいことに答えないシュンの態度が、ヒョウガの目には誤魔化しに映る。
途端にヒョウガの頭に血がのぼり、彼の中に意地の悪い衝動が生まれてきた。

シュンの唇に噛みつくようなキスをして、ヒョウガがシュンの内腿に手を忍ばせる。
「あ……っ!」
思ってもいなかった攻撃こうげきに、シュンは身体をびくりと震わせた。

その手が、唇に代わる。
はシュンの身体の前に跪いているというのに、劣勢を強いられたのはシュンの方だった。
「そ……んなの、卑怯だ……」
「おまえに降参させようと思ったら、これがいちばん手っ取り早い」
「ん……っ!」

事実なだけに反論できない。
ヒョウガの生温かい舌の感触を払いのけることもできず、シュンは、反射的に目を閉じて身悶えた。
「ああ……ん……」

シュンから抵抗の意思を奪うことに、ヒョウガは手馴れていた。
勝気な奴隷を、従順な愛人に変える術を、ヒョウガの指と唇は十二分に心得ている。
長い時を置かずに、シュンはヒョウガの愛撫に操られる無抵抗な仔猫に変わっていった。

「あ……ああ、もう……!」
「もう、降参か?」
が、この仔猫は、あくまで自分の勝気を通そうとする。
瞳を潤ませ、大きく喘ぎ、身体をよじらせながら、それでもシュンは首を横に振った。

「強情だな」

愛撫だけで、半ば意識を手放しかけているシュンの身体を、ヒョウガは抱きあげた。
ここには、石のベンチしかない。
薄物を一枚まとっただけのシュンと身体を交えるには不都合な場所だった。






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