やがて、僕は、自分の見る悪夢をただの夢だと思うことができるようになっていった。
だって、僕は、それから毎晩、似たような悪夢ばかりを見続けることになったから。

僕は、会ったことのない氷河のマーマが血みどろになって僕の足許に倒れ伏している様を見た。
星矢が、紫龍が、沙織さんまでもが、赤く染まった姿で僕の前に現れた。
カミュだの、名前しか知らない氷河の友人、アルビオレ先生やジュネさんやアンドロメダ島での仲間たち。

僕は、僕と氷河に関わりのある人たち──あった人たち──の血みどろの幻に、その日以降、毎日出会った。
そして、僕の手はいつも血の色に染まっていた。

恐ろしい悪夢。
それは、もしかしたら、悪夢ではなく白日夢だったこともあるかもしれない。
だけど、僕は、それをただの夢幻だと思うことができた。
だって、それはあり得ないことだもの。
まして、その血の色の世界で、屍に囲まれて高笑いをしている僕なんて、狂気の沙汰。

でも、そんな幻覚を見るほど──僕は確かにおかしくなっているらしい。
僕が病人だというのは、確かに事実らしい。

浴衣の袖からのぞく、幽霊みたいに細くて白い僕の腕と手はいつも血の色。
空を見ると、月は赤く、群青のはずの夜空さえ真紅に染まっている。
視線を室内に戻すと、そこは血塗られた部屋。
白い光が跳ねている真昼の廊下の隅で、小さくうずくまり、胸から血を流しているのは、幼い頃の僕。

最初のうち、そんなものたちに出会うたびに悲鳴をあげていた僕は、やがて彼等の姿に驚くことさえしなくなった。
むしろ──日に一度、食事の準備に来てくれているまかないの中年女性を垣間見る時に、僕は驚愕し、怯えた。
彼女の、生気と活力にあふれ、生活感をまとったその姿に。


「……僕、やっぱり、どこかおかしくなっているんだね」
諦めた口調でそう言いながら、僕は氷河に愛撫をねだる。

「おまえのせいじゃない。思い出すな」
言い聞かせるように、僕の肌の上を、氷河の声がすべっていく。

氷河に身体を押し開かれている時にも、僕の視界は真紅に染まっていることが多くなっていた。






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