その屋敷は、随分と大きな屋敷のようだった。
座敷のある母屋に、渡り廊下で繋がれて、西と東にたいがあり、庭には離れもあるらしい。
僕が寝起きしているのは、そのうちの東側の対の屋で、そこ以外を僕は知らない。
往来を禁じられているわけでもないのに──むしろ、年代物の書画骨董や銃刀の類があるから、好きに歩き回ってみればいいと氷河は勧めてくれたのに──僕は、あまり自分の部屋から出ることをしなかった。

そういうことに、僕はまるで興味が湧かなかった。
僕の頭の中を、今はただ一つの考えだけが占めていた。


『僕は誰かを殺したんじゃないだろうか?』

地上の平和とか、人々の安寧とか、そんなことには関係なく、自分の利益のために、殺してはいけない人を。
そして、それは、もしかしたら、一人や二人じゃないのかもしれない。
そんなことは考えたくなかったけど、僕にはその力がある。

氷河は、僕が自分の罪に怯えないようにするために、押し潰されてしまわないようにするために、
『思い出すな、目を閉じていろ』
と繰り返してくれていて、たまたまあの夜にだけ、間違って・・・・
『目を開けてくれ』
と言ってしまったんじゃないだろうか。

精神的な疾病を抱えていれば、たとえ殺人を犯しても責任能力はないと判断されて、罰を科されることはないと聞いたことがある。
当然、そういう人間は、しかるべき施設に収容されるか、監視の者がつく。
だから、僕は、ここに監禁されている。

今の僕は、おそらく、この屋敷に閉じ込められている囚人なんだ。
それは、僕が罪を犯したからで、当然の措置。
でも、僕は──僕は、その罪を僕自身が憶えていないことこそが怖い。

僕は多分、たくさんの人を殺したんだ。
それしか考えられない。
僕のせいで、誰かが傷付いた──それは、確信だった。

僕は、僕が氷河を殺す夢をすら見るようになっていた。






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