「俺は、おまえの全部を俺のものにしたかった。おまえが、俺だけを見ればいいと思った。仲間も兄弟も地球も平和も何もかもなくなってしまえばいいと思ったんだ。そして、いちばん気に障る邪魔者を消し去ろうとした」 兄さんは、 『それで問題が解決するかどうか試してみろ』 と、氷河を嘲笑しながら、平気で氷河の手にしていた得物を、その腹に受けたのだそうだった。 おそらく、氷河に人殺しの罪を負わせないために、僅かに急所を外して。 僕は、兄さんが自分の血にまみれている場面を見てしまって、氷河が血に濡れたナイフを手にしているのを見てしまって、兄さんが僕のせいで死んだものと思い、錯乱してしまったらしい。 そして、沙織さんが、ここに、氷河と僕を閉じ込めた──。 「俺は、最初は、我儘を言ったもの勝ちだったのかと思った。ここでのおまえは、俺を見てはいないが、俺以外の他の誰も見ていない。おまえを見ているのは俺だけで、おまえの世話をするのも俺だけで、おまけに、俺が求めるとおまえは素直に俺に身を任せてくれた」 「…………」 それはそうだろうと思う。 だって、僕自身が憶えてなくても、僕の身体は氷河の指を憶えてて──嫌がったりするはずないもの。 「俺は、望んでいたものを手に入れたと思ったんだ。だが、違った。半年以上、おまえと二人だけの生活を続けてから、俺はやっとわかった。ここは天国じゃない。地獄だ。沙織さんは、俺に罰を与えるために、ここに俺を閉じ込めた。閉じ込められたのは、おまえじゃなく、俺の方だったんだ」 そんなことを理解するのに、半年もかかったのだと、氷河は僕に自嘲してみせた。 「おまえはいつも、地上の平和だの人々の安寧だのと、叶うはずのない夢に夢中で、星矢たちと他愛のないことを話して笑っていて、しかも、あんなクソ兄貴を慕ってて、俺の知らない思い出を持っていて、永遠に俺と一緒にいてくれるかどうかもわからない」 氷河は、そんな僕が好きで、そして、憎かった──のだそうだった。 氷河の大事な人たちはみんな死んでしまっていて、だからこそ彼等は氷河だけのもので、氷河だけのものにならない僕が、氷河は憎かった──。 「だが、そういうおまえを、俺は好きになったんだ。籠の鳥みたいなおまえと一緒にいるうちに、俺は段々わかってきた。俺が好きになったおまえは、俺の言いなりになる人形じゃない。おまえの意思を持ち、おまえの良心を持ち、おまえの夢を持っていて──俺は、俺のものでいてくれるおまえだけじゃなく、おまえの──おまえの、決して俺のものにならない部分をこそ愛せるようになるべきだったんだ」 だから、あの夜、氷河は意を決して囁いたんだ。 『目を開けてくれ、瞬』 ──と。 「おまえはすぐに目を開けてくれた。まだ記憶の混乱は残っているようだったが、とにもかくにも、おまえはおまえの意思をもって俺を見てくれるようになった。俺は喜んでいいはずだったのに、すぐにでも、星矢たちや沙織さんや── 一輝に知らせるべきだったのに……。勝手なもんだな。おまえが目覚めた途端に、俺はまた、おまえが俺だけのものでなくなることが嫌になって、その時を先延ばしにし始めた……」 それから後のことは、僕も憶えてる。 今度は僕が、氷河と同じ迷路に迷い込んでしまったんだ。 |