氷河が兄さんを傷付けた──そのことを氷河本人に言われても、僕はその場面を思い出すことができなかった。
多分……思い出さなくていいことだからなのだろう。

いずれにしろ、僕は、氷河を責めることはできなかった。
僕自身が、氷河と同じことを考えたから。
氷河を僕だけのものにしたいと──思ったから。


でも。
そうだね。
僕は──僕も、氷河の決して僕のものにならない部分をこそ愛せるようになるべきだったんだ。
氷河が氷河の意思で考えること、その行動、氷河の思い出、そういうものを。
独占しようとするのではなく、愛するように努めるべきだった。

「おまえに、おまえだけの俺でいてくれと言われた時、俺は本当に目が覚めた。そうじゃないんだ。俺は、そういうふうにおまえに愛されたかったわけじゃない」

僕のいない氷河の思い出。
僕とは関係ないところで考え、悩み、行動する氷河。
そんな氷河をこそ、僕は──。

ああ、それにしても僕たちは、なんて似た者同士なんだろう。


「一輝に詫びてから、おまえと俺をここから出してくれるよう、沙織さんに言ってきた」
さすがに沙織さんは、兄さんのように氷河を罵倒したりはせず、氷河の望みを容れてくれたのだそうだった。

『あなた方がいつまでも自力で迷いから抜け出ることができないようだったら、それこそ、アテナの聖闘士の資格を剥奪しようかと考えていたところだったのよ。ぎりぎりセーフだったわね』
そう言って、笑って。






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