帰るべき場所

〜 あこさんに捧ぐ 〜







「海賊船? カリブ海に?」
「ええ、ジャマイカのキングストン湾付近で、目撃情報多数」

瞬と沙織のそのやりとりで、氷河は、思い出したくない過去の汚点を思い出し、非常に嫌な気分になった。
無論、沙織は、氷河の嫌な気分になどお構いなしで話を進めていく。

「あのあたりが海賊のメッカだったのは、もう3、4世紀も昔のことで、今時の海賊たちはインドネシアやマラッカ海峡あたりで大型タンカーを襲撃してるわ。高性能のコンピュータを装備した快速艇でね。でも、このところジャマイカで目撃されているのは、300年も前の型の帆船らしいの。もちろん国籍不明」
島に近付いては離れ、離れては近付いているその船を、首都キングストンの住人たちは、幽霊船なのではないかと噂し合っているということだった。

「本当に幽霊船なのなら問題はないし、海賊マニアか何かのいたずらなら、ジャマイカの領海内でうろついているだけで公海には出ていないから、ジャマイカの公安が対応する次元のことなんだけど、問題は──」
「それが、イルカや電気クラゲの聖闘士の仕業だった場合ですか」
本物の幽霊船なら問題はないと言い切ってしまう沙織に感嘆しつつ、紫龍が沙織の懸念を代弁する。

沙織は、もはや貫禄としか言いようのない動作で、彼女の聖闘士たちにおもむろに頷いてみせた。
「今のところ、他の船が襲われたという報告は入っていないの。でも、あそこは以前、幽霊聖闘士なんてものが出た海域でもあるでしょう。だから、あなた方の誰かに調査に行ってもらいたいのよ。あんなものの類似品が聖闘士を名乗って出現してきたりしたら、私も恥ずかしいし、あなたたちも同じ聖闘士としていたたまれないでしょう?」

「俺は嫌だぞ」
即座に、氷河が、派遣辞退の意思を明らかにする。

「氷河、魔界島では最初に脱落したんだったっけか? カッコわりー」
無神経という神経しか持っていない星矢が、光速拳もかくやと言わんばかりの素早さで氷河の汚点に言及し、氷河はそんな星矢に超光速で噛みついた。
「誰のせいだ、誰の!」
「へ? それって、俺のせいなのかよ?」
「貴様と紫龍のせいだ!」
きっぱりと、氷河は断言した。

「貴様が船の上で下手なギターを弾き始めて、それを聞いた紫龍の奴が、あれを言ったんだ、あれを!」
氷河には口にするのもはばかられる“あれ”を、彼の代わりに瞬が、笑顔で言ってのける。
「『あいつのギター、今日はやけにむせび泣いてるぜ』でしょ。僕はじかに聞いたわけじゃないけど、憶えてる。あのせいで、魔界島でのバトルでは力が入らなかったって、氷河ずっと恨みがましく言ってたもんね」

「あんなことを真顔で言われて、腰が砕けない奴がいるか !? 言われた瞬間、俺は、顔は引きつるわ、身体は硬直するわで、大変だったんだ!」
対幽霊聖闘士の闘いで、氷河に真の意味でトドメを刺したのは、実は、瞬が腰砕けの氷河に言った『僕がおぶっていくよ』だったことを知っている紫龍は、氷河になじられても、しれっとして横を向いているばかりだった。
その事実に触れないのは、紫龍なりの、いわば武士の情けというものである。

「はいはい。あの時、氷河は、星矢のむせび泣いているギターのせいで、実力の100分の1も力を発揮できなかったんだよね」
氷河脱落劇の真の黒幕であるにも関わらず、平気で氷河をなだめにかかる瞬も大物だが、
「その通りだ」
それで素直になだめられてしまう氷河も、なかなかに大物だった。

「それに、何ったって暑かったしね」
「だから、俺はそんなところに行きたくない。行くなら、星矢と紫龍が行けばいい」
瞬と氷河のどちらがより大物なのかはともかく、それが氷河の結論で提案だった。
ところが。

「あ、僕、行きたいです、ジャマイカ!」
元気よくそう言って、沙織に手をあげてみせたのが、よりにもよって瞬だったことが、氷河を不幸にした。
「ジャマイカって、ポート・ロイヤルの遺跡があるところですよね? 僕、一度見てみたかったんです。海に沈んだ海賊の町なんてロマンチックー!」
「瞬……」

瞬が行くと言うのなら、氷河が行かないわけにはいかなかった。
そして、瞬と共にロマンチックな場所に向かうのであれば、当然のことながら、他に同行者はいらなかった。


──何はともあれ、そういうわけで。
氷河と瞬は、一路 カリブ海に浮かぶブルマンとレゲエの国ジャマイカに向かうことになったのである。



*アニメ第18話『大暴れ! カリブの幽霊聖闘士』・19話『生か死か! 魔界島の血戦』参照のこと



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