「俺は! 瞬がソースをかけて食えというのなら、もちろん俺は目玉焼きにはソースをかける!」
瞬に無視され始めて3日目。
氷河の我慢は、僅かに3日が限界だった。

惰弱と軟弱を極めた氷河の怒声に、一輝が眉を吊りあげる。
「貴様、それでも男か! 盛りのついた猫か何かのように瞬の尻ばかり追いかけて、やらせてもらうためなら、泥でも食うか!」
「食うぞ、俺は」
「貴様、本当に、それでも男なのかーっっ !! 」

氷河がきっぱりと言い切ると、一輝は今度は髪の毛を逆立てた。
怒髪天を突いている“同志”に、氷河は思わず、『少しは肩の力を抜いて生きることを覚えたらどうなんだ』と言いたくなってしまったのである。
これ・・が血のつながった瞬の兄だとは、氷河には到底信じられなかった。

「あのなぁ、男ってのは根が助平にできていてだな、だから立場が弱いものなんだ。それくらいわかるだろう、貴様も男なら」
「瞬も男だ」
「……へ?」
実を言うと氷河は、一輝にそう言われるまで、その事実をすっかり忘れていたのである。
氷河にとって、瞬は瞬であり、それ以外の何ものでもなかった。
そして氷河は、なぜか、瞬が自分と同じ生き物だとは思いたくなかった――認めたくなかったのである。

言葉に窮した氷河に、一輝が、ここを先途と畳みかけてくる。
「貴様と瞬のことに関しては、貴様等の自主独立性を尊重して、俺も今更とやかくは言わん。だが貴様も男なら、瞬の後を追いかけて『やらせてください』なんて頼み込むような情けないことはやめろ。日本男児なら、瞬にねだられて泣きつかれて、仕方がないから相手をしてやる くらいの気概を持て」
「…………」
「それとも何か。おまえは瞬に泣きついて、おまえを哀れむ瞬にしぶしぶ相手をしてもらって、それで満足なのか? もしそうなら、おまえは実は瞬に好かれてなどいないということになるぞ」
「…………」

そんな挑発に乗ってたまるかと、一応 氷河は思った。
思いはしたのだが、一輝の言葉は紛れもない現実をそのまま言い表したものだったので、氷河はやはり瞬の兄に対して反駁することができなかったのである。

「男なら、毅然として、瞬が折れてくるのを待て」
折れてこなかったらどうなるのだと、氷河の中に言いようのない不安が生まれてくる。
しかし、瞬の兄は“同志”に対して、重ねて残酷な現実を突きつけ続けた。

「瞬が本当におまえを好きなのかどうかを確かめられる、いい機会じゃないか。もし瞬が、いつまでもおまえのところにやってこなかったら、おまえは瞬にとってウスターソースどころかトンカツソース以下の男だということだ」
「トンカツソース……」
「いずれにしても、貴様が折れる必要はない。目玉焼きには醤油。これは人類普遍の真理なんだからな。折れるべきは瞬だ。俺はおまえの味方だぞ」

そんな味方を、氷河はもちろん必要としてはいなかった。
必要としてはいなかったのだが。
エサを運び、居心地のいい巣を作り、腰を低くして懇願しなければ、瞬はトンカツソースの相手をしてはくれないのだろうか? という疑念が、今更ながらに氷河の中で明確な輪郭を持って その存在を主張し始める。
それは確かに情けない、そして みじめな現実だった。

「貴様の味方などいらん」
一輝の手前、無理に気を張り、そう言い捨てて自室に戻った氷河は、
「おまえ、婿いびりもほどほどにしておけよ」
すっかり傍観者を決め込んでいる紫龍にそう言われた一輝が、
「婿? 何だ、それは」
と 空とぼけたことを知ることはなかった。






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