最近 瞬は日中うとうとしていることが多い――と、一応 星矢は気付いていた。 氷河の相手をせずに済んでいるのだから睡眠はいつもより多くとれているはずなのにと、彼はその事態を怪訝に思ってもいたのである。 その日も瞬は、まだ昼前だというのに、ラウンジの窓際にある籐椅子でうたた寝をしていた。 室内は空調が効いているとはいえ、窓から射し込む強い夏の陽射しが瞬の膝や肩の上で踊っている。 起こしてしまわないように気をつけながら、星矢は窓にカーテンを引こうとした。 その気配を感じたのか、瞬が目を閉じたままで微かに身じろぐ。 それから瞬の唇は、その場にいない人物の名を小さく呟いた。 「氷河……」 その声音が、寝言とはいえ あまりに心細そうだったので、星矢は心配になってしまったのである。 「瞬?」 悪い夢を見ているのでなければいいがと思いつつ、星矢は、瞬の表情を確かめるために、眠っている瞬の上に身をかがめ、その髪に手を伸ばした。 途端に、瞬の両腕が星矢の首に絡みついてくる。 「氷河、早くきて……」 突然絡んできた2本の腕よりも 瞬のその言葉に、星矢はパニックを起こした。 「わーっっ! 瞬っ! 瞬っ、気を確かに持てっ! 俺だ俺! 氷河じゃなくて星矢!」 いったい瞬はどういう夢を見ているのかと、そんなことを考えることすら恐ろしく、星矢は大声をあげて、瞬に自制と覚醒を促した。 その声で夢から覚めたらしい瞬が、自分のしていることに気付いて、慌てて両手を星矢から離す。 それから瞬は、ひどくきまり悪そうに、星矢に詫びを入れてきた。 「ご……ごめんなさい、星矢。僕、最近 寝不足で……眠れなくて……」 「いや、俺は平気だけど」 ここまでされれば、瞬の寝不足の原因は星矢にでもわかる。 溜め息を一つついて、星矢は実に微妙な苦笑いを浮かべた。 「こういう状況がつらいのは氷河の方だけなんだと思ってたんだけどな、俺」 「どうして?」 「どーしてって言われても……何となく」 まさか、瞬は強引かつ助平な男に嫌々付き合ってやっているのだとばかり思っていた――などと本当のことは言いにくく、星矢は口の中でもごもごと不自然に言葉を咀嚼した。 いずれにしても、そういうことなのなら。 星矢は彼の“同志”のために一肌脱ぐことを即行で決意したのである。 「瞬がそんなにつらいなら、俺が和平協定の使者にたってやるよ」 「星矢……」 瞬が心許なげに、星矢の顔を見上げる。 つまらぬことで意地を張ってしまった自分を、瞬が死ぬほど後悔していることが、星矢には一目でわかった。 もともと争いごとが嫌いなところに、対立する相手が生死を共にして闘ってきた仲間たち、ましてその中に氷河が含まれている状態を、瞬が快しと思っていたはずがなかったのだ。 そんな考えるまでもないことに思い至らずにいた自分自身を少し反省して、星矢は早速自分の務めを果たすべく、昨日までの敵の許に急いだのである。 それから僅か10分後。 瞬の許に戻ってきた星矢は怒りに顔を真っ赤にして、 「目玉焼きにはソースだぜ、絶対!」 と言い放った。 「交渉決裂! 奴等、とんでもない条件をつけてきやがった!」 星矢は、和平条約締結の条件として、過酷この上ない要求を、昨日までの敵に言い渡されたのだった。 |