自分はいったい何のために生きているのだろう――。
生きることの喜びと楽しみを見失った人間が しばしば陥る迷いに囚われながら、氷河はダイニングルームに足を運んだ。
夕食の時刻だったが、氷河にはまるで食欲がなかった。
ただ この時刻、瞬に会える可能性が最も高い場所がそこだったから、彼はそこに向かったのである。
無意識のうちに氷河が期待していた通り、そこに瞬がいた。
何やら不吉な色の液体の入ったコップを手に持って。

氷河は、あの悪夢は正夢だったのかと、まず思った。
次には、それでもいいから、あの悪夢以上に耐え難い この現実を終わらせてしまいたいと思った。
「瞬……」
だから彼は、瞬が手にしているものに手を伸ばそうとしたのである。
ちょうどそこに、一輝と紫龍、そして星矢がやってきた。

瞬は、彼の仲間たちが全員その場に揃ったことを確認してから、視線を氷河の上に戻した。
それから瞬は、
「見ててね、氷河」
と言うなり、手にしていたコップを自分の口元に運び、それを傾けたのである。

「瞬…… !? 」
何がどうなっているのか理解できていない氷河の前で、瞬がそれをごくりと飲む。
一口飲んで咳き込み、だが瞬はその行為をやめなかった。

「馬鹿、瞬、やめんかっ!」
怒声に似た大声をダイニングルームに響かせて、瞬の手からコップを叩き落としたのは瞬の兄だった。
叩き落されたコップが割れ、中に入っていた液体が床に飛び散る。
それは一種独特の匂いをダイニングルームいっぱいに撒き散らした。
そして、氷河は知ったのである。
瞬が飲んでいたのはソースではなく、あろうことか、某有名老舗店が豆と塩と水を厳選し、上等の杉樽で天然醸造した超高級醤油――だったということを。

「瞬、おまえ、なんだってこんなものを――」
事の次第を理解しかね、半分呟くような口調で尋ねた氷河に、瞬が微かな微笑を向けてくる。
「コップ一杯分のお醤油を飲んだら、氷河が僕のこと許してくれるって言ったって……やだ……なんか気持ち悪い――」
かろうじてそれだけ言って、瞬はその場に崩れ落ちた。






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