「すまん……。俺がくだらん意地を張ったせいで……すまない」
幸い、病院に運ぶまでもなく、瞬は数分後には自室のベッドで意識を取り戻してくれた。
その時を待ちかねていたように、氷河が瞬に頭をさげる。
ベッドに横になったまま、瞬は、そんな氷河に首を左右に振ってみせた。
「くだらない意地を張ったのは僕の方だよ。僕が悪かったんだ」

瞬の意識は明瞭で、神経系の方にも支障は出ていないらしい。
ほっと安堵の胸を撫でおろしてから、氷河は瞬に尋ねたのである。
「――俺がおまえに、そんな無理を言うと本気で思ったのか」

「ほんとに言ったのか、本気で言ったのかはわからなかったけど……。でも、いったん始まっちゃった争いごとって、禍根を残さずに終わらせるのは難しいし、氷河も引っ込みがつかなくなっちゃってるんだろうと思ったし、これくらいのことしないと馬鹿な意地張っちゃった自分が許せなかったから……」

瞬の性格なら、そういう結論に至るのもわからないではないが、それにしても他にやりようはなかったのかと、氷河の背後に立つ瞬の仲間たちは思っていた。

「目玉焼きにかけるのがソースでもお醤油でも、そんなのどうだっていいことなのに――なのに、どうして僕はあの時あんなに意地を張っちゃったんだろう……って、あとで考えたんだ。多分僕は、氷河は僕の味方だと信じてて、勝手に期待して、そして、勝手に裏切られたと思っちゃったの。ごめんね」

神妙な顔で謝罪の言葉を告げる瞬に、今度は氷河が首を横に振る。
「おまえに、目玉焼きはソースで食えと強く言われたら、俺がそうすることくらいわかっていただろう」
「……そうなの? でも、そんなふうに我儘言って、氷河を無理に僕の意に従えたって、後味が悪いだけだもの。自分が負けた方がずっといい」

そう言ってから瞬は、やっと小さく微笑った――苦笑した。
「喧嘩なんてするもんじゃないね。僕、氷河と一緒にいられないことに慣れてなくて……寂しかった。お醤油飲んで倒れても、一緒にいられる方がいいって思った」
「瞬……」

瞬にここまで言われて無感動でいられるほど、氷河はクールな男ではなかった。
そして彼は、下らぬ意地や疑心暗鬼のせいで、素直に負けることのできなかった自分を心底から悔やんだのである。


が、瞬にそこまでされても――そこまでされたからこそ――腹の虫が治まらない男が約一名、その場にはいた。
言わずと知れた瞬の兄、である。
「こんな阿呆のために、そこまでする馬鹿がいるかっ!」

「馬鹿はどっちだよ」
あまりにもあっさりと星矢に言い切られて、一輝が言葉に詰まる。
「醤油を飲めとは、よく思いついたものだ。おまえ、60歳分くらいサバを読んでいるだろう? 徴兵忌避の経験がありそうだぞ」
紫龍にとどめをさされて、一輝は完全に沈黙した。

そんなふうに一輝を責めてから、だが、星矢も紫龍も、やはりいちばん馬鹿なのは瞬のような気がしてならなかったのである。
醤油の一気飲みに挑戦して命を危険にさらしたことではなく、瞬がそこまでする相手が氷河だということが。






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