「かなり甘やかして育てたようだが」
2人の弟子がその場から姿を消すと、カミュは心底から呆れたようにミロに尋ねた。
「貴様の弟子とは違って、俺の弟子は素直で可愛い。その可愛らしさに見合うことをしたまでだ」
カミュの言葉が半ば以上は揶揄だということに気付いたふうもなく、ミロが自らの甘やかしのほどを自慢げに語り始める。

「俺は、ミロス島には花がないと言って寂しがる瞬のために、広い花畑まで作ってやったんだ。一面にホワイト・レースフラワーの花を植えて――」
「貴様の頭の中にも花畑が広がっているようだな」
「感激した瞬は俺のために毎朝花を摘んできてくれるようになった。花畑の中にいる瞬は可愛くて、俺はその姿を見ているだけで――」
「鼻血でも吹いたんだろう」
「なぜわかる」
「わからいでか」

ミロの多血症は、頻繁な失血に対する順応の故だったらしい。
カミュは、ミロ自身ではなく人間の身体におけるホメオスタシスの力に感動し、それ以上に、この男の弟子に驚嘆した。
「おまえの指導でよく聖闘士になれたものだ」
その言葉を褒め言葉と受け取れるところが、多血症男の偉大さである。
ミロは、カミュの“褒め言葉”を聞くと、途端に得意そうな顔になった。

「小さくて素直で可愛いばかりだった子供が日ごとに成長していく様を、俺がどれほど誇らしく思っていたか、貴様のようにアホ弟子しか持ったことのない男にはわかるまい。瞬は可愛くて素直で優しいばかりでなく、仕草の中に えも言われぬコケットリーがあって、俺は……俺は、幾度瞬を押し倒そうになったことか……!」

「最低の師匠だな」
「耐え抜いたんだ! その気になればいつでもそうできたというのに、あえて師匠の権限を振りかざさなくても、日本に戻ればろくな男もいないだろうし、いつか私以上に素晴らしい男などこの世に存在しないんだということに気付いた瞬が、自分から俺の胸に飛び込んでくるだろうと信じて……。それを――」

得意満面の急転直下。
ミロの自慢話は、あっという間に、カミュとその弟子への恨み節に変化した。
「それを貴様の弟子がっ! 俺の清らかな瞬をーっっ !! 」
「氷河のせいにするな。おまえが素晴らしく・・・・・なかっただけだろう」
「貴様の弟子に比べたら、俺の方が数億倍 素晴らしいわいっ」
「あえて否定はしない。肯定もしないが」

カミュにとっては所詮他人事である。
彼の意見は、あくまでもどこまでも冷静かつ客観的だった。
そんなカミュに、ミロはいつにない違和感を覚えたのである。
「貴様、いつからそんなにクールになった」
「私は元からクールな男だ」

クールなカミュの返答に、ミロは品位のかけらもない仕草で、己れが守護する宮の床に唾を吐き捨てた。
「この大嘘つきの弟子だ、人を疑うことを知らない純真な瞬を、平然と騙してのけたに違いない。貴様の馬鹿弟子が私の可愛い瞬を――」
ミロの両の拳がぶるぶると震える。
口にするもおぞましいその事実を、だが、ミロは、体外に吐き出さずにはいられなかった。
「あの瞬が……あんなに清純で素直で可愛かった私の瞬が、貴様の弟子なんぞに脚を開いたというのかーっ !! 」

自分が口にした言葉通りのシーンをつい脳裡に思い描いてしまったミロが、怒りの雄叫びを断末魔の悲鳴に変える。
あまりに見苦しい黄金聖闘士の取り乱しように、カミュはおもむろに顔をしかめた。
「その露骨な言葉の選択はどうにかならんのか」

無論、ミロの耳にカミュの忠告は聞こえていない。
彼は露骨な言葉の選択と使用を中止するどころか、更に重ねて利用した。
「瞬が俺に脚を開いてくれさえしたら、貴様の弟子なんかより俺の方が百億倍も素晴らしいことを教えてやれるのにっ!」

「自信過剰が命取りになることもあるぞ。氷河には若さという武器があることだし」
「俺が若くないと言うつもりかっ」
「黄金聖闘士は皆、年齢詐称をしているからな。それに」
「俺はまだまだ若いんだー」
「それに、あんな細い腕をしていても、アンドロメダは聖闘士なわけだからな。一見したところ、氷河より利口で強そうでもある。つまり、貴様の清純な弟子は、氷河に無理強いされたわけではなく、自分の意思で氷河の前に脚を開いたということだ」
「……!」

吠え続けるミロを華麗に無視して、カミュが、言ってはならないその事実をミロに告げる。
言葉を選んでいないのは、実はカミュの方だった。
彼がミロのスカーレットニードルを食らわずに済んだのは、ちょうどその時、瞬がその場に戻ってきたからに他ならない。

ミロの指示に従って顔や手足の汚れを取り除いてきた瞬が、彼の師に向かってにっこりと微笑む。
「ミロス島に咲いていたレースフラワーが、ここにも咲いているんですね。懐かしい」

小さくて可愛かった弟子の姿を懐かしむために、わざわざ自分の宮の横にその花を植えたのだという事実を瞬に告げることは、今のミロにはできなかった。






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