「しかし、おまえら、なんかドライだよな」 星矢は別に、氷河と瞬に、生き延びたことに感動の涙しながら固く抱き合いつつ 夜の約束をしてほしい――と思っているわけではなかった。 が、ここまで見事に言葉だけでそれをされてしまうと、情熱や恋情という類のものを二人の間に感じることが非常に難しいではないか。 「そう?」 瞬が、生き延びるほどに無垢になっていくような瞳を星矢に向け、問うてくる。 星矢は二度、瞬に大きく頷き返した。 「そうそう。氷河ってさ、一つ事に夢中になったら、周りが見えなくなるタイプじゃん。こういうことでなら なおさら、もっとこう、執着心や独占欲を露骨にするタイプだと思ってたのに、妙にクールでさ。男同士の恋って、こんなものなのか?」 「こういうことで異性愛も同性愛もさほどの違いはないだろう。世の中には、ドライな人間もいれば、ウェットな人間もいる。ある程度の傾向はあるかもしれないが、結局は個体差の問題だ」 紫龍の極めて冷静かつ第三者的な発言は、星矢の疑念を更に大きくした。 それが個体差の問題であるのなら なおさら、氷河の性情を知る星矢にとって この現状は奇妙に感じられることだったのだ。 「氷河はどう見たってウェットタイプだろ」 氷河の反論を期待して、星矢がきっぱりと言い切る。 星矢の断言に対する氷河からの反論は、星矢の予想通り 即座に返ってきたが、その内容は星矢が期待していたものとは全く違っていた。 「恋? それは何だ」 と、氷河は星矢に尋ねてきたのだ。 「何だ……って急に言われても」 思ってもいなかったことを尋ねられた星矢は、咄嗟に返す言葉を見付けることができなかった。 説明はできない。 恋は恋である。 「おまえと瞬って、恋ってのをしてるんじゃねーの?」 「だから、恋とは何だ」 「恋の定義なんか知らねーよ!」 つい『そんなことを、よりにもよって俺に訊くな!』と返しそうになった星矢は、すんでのところでそんな自分を押しとどめることができた。 そんなことを大声で怒鳴ってしまった日には、自分が その事実は周知のことではあったのだが――星矢もそれは承知していたが――それでも彼はそういう事態を自ら招くことが何となく癪だったのだ。 口をとがらせることで返答拒否の意を示した星矢の代わりに、紫龍が口を開く。 「こればかりは、辞書も当てにならないからな。国語辞典の『恋』の項には、『特定の“異性”に強くひかれること』とあるはずだ。――瞬、おまえの意見は?」 そう言って、紫龍は瞬にお鉢を回した。 今 起きている事態を瞬はどう考えているのか、それを知らないと言い張る氷河を瞬がどう感じているのか――“恋”の一般的な定義よりそちらの方に、紫龍は興味があった。 お鉢を回された瞬が、ちらりと横目で氷河を見やり、そして言う。 「正体を明かさないのが恋だよ」 軽い微笑を浮かべ、瞬は言葉を重ねた。 「恋の正体なんて、きっと誰も知らない」 「ほう」 それはずるい答えではあるが、うまい逃げ方でもある。 「正体も知らずに落ちるのが恋というわけか」 紫龍がそう落ちをつけ、その落ちに星矢は納得しかけた。 その渦中にある当人たちにも正体がわからないものなら、他の誰も恋の正体を知らなくて当然。 瞬の“答え”は、つまり、星矢のプライドを守ってくれるものでもあったのだ。 ――が。 「俺は恋などしていない」 せっかくの大団円に、氷河が水を差してくる。 氷河の 妙に冷ややかな断言。 星矢は、彼の発言の無粋に腹立ちを覚えるよりもむしろ、その発言の大胆さにあっけにとられてしまったのである。 ここで――瞬のいる場所で――それは恋ではないと言い張ることは、どう考えても氷河に不利益をしかもたらさないことのはずだった。 そんなことを言い募って瞬の機嫌を損ねたら、せっかく取り付けた今夜の約束を瞬に反故にされてしまいかねないではないか。 星矢には、氷河が意地を張り続ける理由が全く理解できなかった。 「おまえら、もしかして割り切ったセフレ関係か何かなのか?」 「そんなものだ」 氷河と瞬が同性同士であることを、無論、星矢は承知していた。 二人がしているものは、確かに、辞書に書かれている通りの恋ではないのだろう。 だが、では、二人の間にあるものを他の何という言葉で言い表せばいいのか。 それは、やはり“恋”という言葉以外にはないはずだった。 正義のために闘うアテナの聖闘士たちが生き延び続けることを“悪運”としか表しようがないのと同じように。 「瞬、ほんとか」 表情を読み取ることができず、そのために何を考えているのかも理解し難い仲間を相手にすることを早々に断念した星矢が、氷河ではなく瞬に確認を入れる。 氷河よりは仲間との相互理解に努めてくれているはずの瞬の答えは、 「恋の正体なんて、僕も知らない」 というものだった。 まるで答えになっていない。 星矢は、微かな引っ掛かりを覚えて、その顔を歪めた。 |