ヒョウガとシュンが幼い頃に初めて出会った、王宮と神殿を繋ぐ庭。 あの時と同じように、緑したたる庭園には今日も穏やかな日の光があふれていた。 庭にある樹木のほとんどは、女神アテナがアテナイの国に贈ったと言われているオリーブの木で、それは平和と神の恵みを象徴するものだった。 その木漏れ日の中で、ヒョウガがしみじみと呟く。 「平和を退屈だなどという認識は改めることにする。平和というものは実に価値のあるものだ。無闇に騒乱を好まないのは良い王の条件だな」 本来は神の休息のために用意された大理石のベンチに腰をおろしているヒョウガの前に立ち、シュンが彼に微笑を向ける。 戦いの女神に愛されている国の王であればこそ、平和の価値を認めることは、重大な彼の義務である。 ヒョウガがその事実に気付いてくれたことは、シュンには実に喜ばしいことだった。 国の統治者の重責に目覚めてくれたはずのヒョウガは、だが、今は国の王であるよりシュンの恋人でいたかったらしい。 シュンの手を取り、彼はそれを大事に自身の手で包み込んだ。 「アテナのお許しも出たことだし、これからは夜は毎晩 俺の許で過ごせよ」 ほのかに頬を染めたシュンは、ヒョウガにその様を見られないように、顔を伏せた。 そのまま、少し拗ねた口調でヒョウガに釘を刺す。 「でも、もう、あんなのは嫌」 「あんなの――とは……」 シュンが嫌がっていることが何なのか、ヒョウガは咄嗟に思いつかなかった。 シュンがますます頬を上気させて、小さな声でヒョウガに告げる。 「手を縛られて……」 「ああ」 そんなことかと安堵して、ヒョウガはその口許に少々嫌らしい笑みを刻んだのである。 「刺激的で、なかなかよかったろう?」 「ちっとも! 僕の腕はヒョウガを抱きしめるためにあるのに!」 半ば本気で怒っているらしいシュンに、ヒョウガは瞳を見開くことになったのである。 シュンの気色ばんだ様子に苦笑しかけた彼は、だが、すぐに思い直して真顔になった。 シュンの言葉は、大切な真実を告げている。 「おまえがもっと早くにそう言ってくれていたら――」 「え?」 「俺の腕が何のためにあるのかも教えてやっていたのに」 誰の腕もそのためにある。 気付かせてくれた神に感謝して、ヒョウガは彼が抱きしめるべきものを抱きしめた。 Fin.
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