氷河が城戸邸のラウンジに運び込んだその箱は、どう見ても棺桶だった。 長さはおよそ1.8メートル、幅は50センチ弱。 素材は銅合金のようだったが、全く装飾のないその箱の用途は、氷河以外の青銅聖闘士たちにはまるで見当がつかなかった。 氷河は、わざわざ特注でそれを作らせたらしい。 いったい何のためにそんなものを作らせたのかと、彼の仲間たちが訝る中、注文通りにできあがってきたらしいその箱を、氷河はひどく不愉快そうな顔で睨みつけていた。 「ついにそこまで行き着いたか」 最初に口を開いたのは紫龍だった。 「何のことだ」 言われた氷河が、長髪の仲間を横目に見ながら、表情と同じ不愉快そうな声で問い返す。 紫龍は両の肩をすくめ、呆れたような口振りで彼の推察を披露した。 「あれだろう? 瞬と棺桶プレイをしようというんだろう?」 「なんだよ、それ」 そう尋ねながら、星矢は、この箱と同じものをどこかで見たことがあるような気がしていた。 どこで見たのかを思い出せないことが じれったくてならない。 「言葉通り、棺桶の中でするんだ。伝統的なプレイだぞ。有名なところでは女優のサラ・ベルナールが、特注の紫檀の棺桶を寝室において、その中で寝ていたという逸話が残っている。彼女の恋人たちも当然その中にご招待いただいたわけだな」 「げ。棺桶の中でシたのか? そんなの楽しいのかよ。気持ち悪いだけじゃん」 「楽しかったんだろう。彼女は、ネクロ・フェティシズム――つまり、死に関する表象や物体を愛好する性癖の持ち主だったようだが……まあ、行き着くところまで行き着いた変態性愛というところだな」 そんなものに挑もうとしている氷河に、紫龍はあからさまに軽蔑の眼差しを向けた。 その軽蔑の眼差しを、氷河が無表情で受けとめる。 笑いもしなければ怒った様子も見せずに、氷河は紫龍の推察を一蹴した。 「俺には、そんな退廃的な趣味はない。無論、瞬と二人でいられるのなら、棺桶の中だろうが骨壷の中だろうが、俺は喜んで閉じ込められてやるがな。――星矢」 「へっ、俺?」 なぜ、この場面で自分にお呼びがかかるのか理解不能だった星矢は、氷河の突然のご指名に驚いて、瞳を見開いた。 氷河が呼ぶべきは瞬ではないのかと――紫龍の言う棺桶プレイ云々を真に受けたわけではなかったが――星矢は思ったのである。 星矢のその疑念は、まもなく氷解した。 他ならぬ氷河の、 「この大きさだったそうだな。おまえが瞬と一緒に入っていたのは」 という言葉によって。 そして、星矢は、自身の既視感に納得したのである。 氷河が作らせたその箱は、冥界でハーデスのいるジュデッカに潜り込むために白銀聖闘士のオルフェが持ち出してきた箱と寸分たがわない大きさと形状を持ったものだったのだ。 星矢はこれと同じ箱の中に瞬と一緒に身を潜ませ、ハーデスのいるジュデッカまで運ばれたのである。 氷河がその箱の大きさや形を確認できる相手は、その箱を見たことのある星矢と瞬しかおらず、冥界でのことを思えば、氷河はその事実を瞬には確かめにくい。 瞬にあまり愉快でないことを思い出させるわけにはいかない氷河は、それを星矢に訊くしかなかったのだ。 ともあれ星矢は、自らの既視感の原因が解明されたことで、忘れ物を思い出せないもどかしさを解消することができ、喉に引っかかっていた魚の骨が取り除かれたような爽快感を味わうことができたのだった。 が、星矢は、ここでそんな晴れやかな気分を満喫している場合ではなかったのである。 彼は、なぜ氷河がそんなことを確認しようと思い立ったのか、その理由に思いを至らせるべきだったのだ。 「箱の中で瞬に何をした」 氷河の口調は、既に、その箱の中で星矢が瞬に |