たとえ原因が仲間の死でも、瞬の肩を抱き、その感触を味わっていられることは、その時間は、星矢には ひどく心地良いものだった。
その幸福な時間に、星矢の生きている別の仲間が割り込んでくる。

「どうした。何かあったのか?」
「紫龍、どうしよう……。氷河が死んじゃった……!」
紫龍がその場にやってきたのは、無論、一輝に幻魔拳を食らった氷河の身を案じてのことだったろう。
紫龍は、そういう際の人間として、ごく自然な問いを発し、瞬は問われたことに答えた。
ただそれだけのことだったというのに、星矢は、二人のそのやりとりに、強烈な不快感を感じてしまったのである。
瞬が、扉の前に立つ紫龍の方へと視線を巡らせた――ただそれだけのことに。

感じた不快感を隠すこともせずに、次の瞬間、星矢は紫龍を怒鳴りつけていた。
「瞬は俺が慰めてやるから、おまえはどっかに行ってろ! 瞬に構うなっ!」
星矢に怒鳴りつけられた紫龍当人よりも瞬の方が、その大声に驚き、目をみはった。
「せ……星矢……どうしたの?」
「あ、いや……」
星矢は慌てて首を横に振ったのである。
瞬が自分以外の誰かを見た――ただそれだけのことに、なぜ自分がこれほど苛立つのか、その理由は星矢自身にもわかっていなかった。
(まじで、どーしたんだよ、俺……)

まるで自分の中に自分の意思では制御できない他人が入り込み、その他人が星矢の神経を逆撫でし続けている――そんな感覚を、星矢は感じていた。
そこに、今度は瞬の兄がやってくる。
「瞬、氷河がくたばったというのは本当か!」
「兄さん……!」
瞬は、一輝の姿を認めると、星矢の側を離れ、兄の胸の中に飛び込んでいった。
途端に、星矢の中にいる星矢ではない何者かが、これでもかと言わんばかりに一斉に、星矢の全神経に刺激を加えてくる。
結果として星矢は、紫龍に感じたものとは桁違いに激しい憤りに支配されることになった。

(あー、もう、こいつだ、こいつ。一輝こいつがいちばん邪魔だ! 瞬の兄貴だからって、いつも当たり前みたいなツラして、瞬にひっつきやがって、少しは遠慮ってもんをしたらどーなんだ! だいたい、このツラで瞬の兄貴だなんて、そんな大嘘、誰が信じるっていうんだよ。瞬に似ても似つかない暑苦しいツラ! こんなもん、よく平気で瞬の目に触れさせることができるもんだぜ!)
「瞬に触るなよ! おまえのせいで瞬は泣いてるんだぞ! わかってんのかっ !? 」
この怒声も、自分の中の別の誰かが発しているものなのだろうか――?
星矢にはわからなかった。
わからないが、怒鳴らずにいられない。

「星矢、どうしたんだ?」
「星矢……」
瞬の視線が、やっと星矢の上に戻ってくる。
その事実には幾許かの満足を覚えたが、しかし、星矢は、自分に向けられた瞬の瞳が自分ではない男のせいで濡れていることが腹立たしくてならなかった。
(いちばん気に入らねーのは、やっぱり氷河だ。あんな馬鹿がなんで瞬に惚れられてるのか、世界の七不思議だぜ。生きてる時にも、いつもいつも これ見よがしに瞬にべたべたべたべたして 鬱陶しい奴だったけど、くたばっちまってからも、また瞬を泣かせやがって!)

「星矢、いったい……」
天馬座の聖闘士が仲間の死に苛立っているのではないことは、瞬にも感じ取れているらしい。
氷河のせいで濡れている瞬の瞳は、悲しみだけではなく戸惑いの色をたたえて星矢を見詰めていた。
(いや、ほんとは瞬が可愛いのがいちばんよくないんだ。でも、瞬を責めるわけにはいかねーし、いっそ瞬をどっかに閉じ込めて、俺以外の誰にも会えないようにしちまえば、俺はこんなに苛立たずに済むんだ、きっと)
では、この瞬をどこに閉じ込めるのが最も適切か――星矢は本気でそんなことを考え始めていた。
こんな時にそんなことを考えている自分を 異常だとすら思わずに。






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