「星矢。確かに死者を蘇らせることは、自然の摂理に反することで、おまえの考えは実に正しいし、真っ当でもあるが……。もう少し瞬の気持ちを思い遣った物言いをしてやれ」
この世に存在する価値のない人間の一人が、何やら分別顔で意味のないことをほざいている。
彼の手が、瞬の肩に置かれていることに、星矢はむっとなった。

「さっきから言ってるだろ! 瞬に触るなよ! 氷河なんて、あんな馬鹿死んじまっても誰も困んねーし、これで瞬はあの馬鹿から解放されるんだし、めでたしめでたしじゃないか!」
「相手があの氷河なんだから、おまえの言い分に賛同した気持ちもあるが――。これまで命を賭けた闘いを共に闘ってきた仲間に対してその言い草は、いくら相手が氷河でも、口か過ぎるんじゃないのか、星矢」
紫龍だけでなく一輝までが、星矢の暴言に眉をひそめている。
星矢は、しかし、二人の意見にも、アテナの困惑の眼差しにも、全く心を動かされなかった。
自分の考えが間違っているとは、露ほどにも思わなかった。
そもそも存在することに意味のない者たちに、意味のあることが言えるはずがないではないか。
しかし――。

「星矢、ひどい……」
瞬だけは別である。
瞬の涙と瞬の言葉は、この地球以上の重みを有している。
瞬の短い非難の言葉は、一瞬で潰れてしまうのではないかと思うほどの衝撃を、星矢の心臓に加えてきた。

「で……でも、事実だろ。瞬はこんなに可愛くて、優しくて、なのに、あんな傍迷惑な奴に捕まったせいで、いらない気苦労ばっかりさせられてさ。瞬があの馬鹿から解放されるんなら、これほどめでたいことはないじゃないか。氷河みたいに阿呆は死んで当然だぜ。奴が死んでくれて、瞬はやっと自由に――」

「星矢。その、瞬以外どうでもいいというような考え方は、まるで氷河のようだぞ」
星矢の、星矢にしてみればこれ以上ないほどの正論を、紫龍が遮る。
彼の視線は、多分に蔑みと不快の色を帯びていた。
「氷河も、そこまでは言わなかったぞ。あいつは瞬にとち狂っているなりに、アテナの聖闘士としての務めは一応果たしていたし、瞬以外の者は死んで当然なんていう暴言を吐くこともなかった」
紫龍だけでなく、氷河を殺した当の一輝までが、氷河の肩を持つようなことを言う。

「『氷河のよう』というより、これでは氷河以下よ」
アテナの冷たい一言はともかく、
「氷河は星矢よりずっとずっと優しかったよ……!」
瞬の言葉が決定打だった。
「俺が、ひ……氷河以下?」

氷河のように、恋のために馬鹿な真似を繰り返し、人様に嘲笑されて生きるのは人間失格・男の恥――と、星矢は常日頃から思っていた。
あんな傍迷惑なものにだけはなるまいと、氷河を見るたびに心に誓っていた。
胸中のどこかには、たとえどんな阿呆な真似をしでかしても、氷河以上に馬鹿な男になることは常人には不可能――という安心感のようなものもあったかもしれない。
そんな自分が、氷河以下とは! ――人間失格以下とは!

それでも――たとえ自分が氷河以下の下種に成り下がっても、世界中のすべての人間に軽蔑されていることがわかっていても、瞬が自分のものでいてくれれば――せめて瞬が従前通りの優しい眼差しを自分に向けてくれていたなら、星矢は余人の嘲笑の中で生きることに耐えることもできていただろう。
だが、瞬が――よほどのことがない限り、いつでも誰にでも優しい視線を向けている瞬が、あの氷河にさえ仲間としての信頼と恋人としての誠実を与えていた瞬が、今、星矢を冷ややかな目で蔑むように見詰めていたのだ。

「うわああぁぁぁぁ〜っ !! 」
氷河以下の男である自分には、生きてこの世に存在する意味がない。
恐るべき事実に気付いた星矢は――その事実の恐ろしさに気付いた星矢は、絶望の雄叫びを氷河の部屋に響かせた。






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