「ごめんね、星矢、氷河。兄さんが迷惑かけて。もうこんなことはしないって、約束させてきたから」
しばらくすると、瞬が星矢の部屋に戻ってきた。
すまなそうに謝罪してくる瞬に、
『そんな約束なんていらないから、一輝と話をするな! そんなことをしている暇があったら、俺の側にいろ!』
と、星矢は思った。――正しくは、星矢の中に残る氷河が、そう思った。

星矢は、氷河の顔をこっそりと窺ってみたのである。
彼の青い瞳は、苛立ちが極まって冷たく燃えているように見えた。
しかし、彼は、その苛立ちをおくびにも出さず、むしろ淡々とした口調で、
「そう願いたいな。おまえの兄は加減というものを知らん」
と瞬に告げた。

大声でわめきたて、怒りと妬心を爆発させてしまいたい気持ちを、氷河は必死に抑えているに違いない。
氷河の心の内で吹き荒れている嵐を身をもって知っているだけに――星矢は、そんなふうな氷河の態度に感動すら覚えてしまったのである。

「うん。ごめんね、星矢」
「いや……」
やはり、星矢の中にはまだ“氷河”が残っているようだった。
嫌う理由のない、好きになる理由しかない瞬の眼差しに出会い、星矢の胸が一瞬大きく高鳴る。
『これは氷河の』と言い聞かせて、星矢は何とか自身の平静を保つことに成功した。
横目でちらりと氷河を見ると、彼は表情には何の変化も見せず、ただその瞳の色だけが いよいよ冷たく冴えてきている。
おそらく氷河は、『俺以外の誰かの心配をするな!』とでも思っているのだろう。
だが、氷河はその思いを言葉にはしないのだ。――瞬のために。

つい今朝方までは考えられなかったことだが、星矢は今、氷河に対して尊敬の念を抱いていた。






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