星矢の中には、その後もしばらく“氷河”が残っていて、瞬を見るたびに星矢の心臓は跳ね上がった。 そのたびに いちいち頬が紅潮する自分の未熟を、星矢は大いに恥じたのである。 氷河ほど、自分の感情や考えを隠さずに好き勝手に生きている男はいないと思っていたが――今でもその考えは変わらないが――少なくとも瞬に関することでは、彼は峻厳なまでに自制的な男なのだと、今では星矢は思っていた。 支離滅裂といっていいほどの独占欲や、常人には抑え難いほどの恋情を身の内に抱えて、氷河はよく気が狂わないものだとも思う。 否、もしかしたら氷河は既に狂っているのかもしれなかった。 瞬のために、自身の激情を殺しきることができるほど、瞬と同じ場所にいるために、素知らぬ顔で地上の平和を願うアテナの聖闘士の振りを演じていられるほど――氷河は既に狂っているのだ。 そして、そこまで狂えるほどに愛せるものに巡り会うことのできた氷河は幸せなのだろう――と、星矢は思った。 「でも、俺は恋なんて面倒なものはできそーにねーなー……」 星矢の、それは心の底からの呟きだった。 嫌う理由などない、好きになる理由しかない瞬。 氷河といる瞬の姿を眺めていると、なぜかいまだに切なく胸が疼く。 そんな反応を示すのは、自分自身ではなく、自分の中に残っている氷河の 感情の制御ということに関して、全く才能のない自分自身を星矢は知っていた。 そして、星矢は、地上に真の平和と安寧が訪れるその時まで、アテナの聖闘士であり続けたかった。 だから、彼は、悪夢の中で味わった陶酔の記憶を無理に振り払い、甘く危険な災厄の入っているパンドラの匣の蓋を そっと閉じたのである。 Fin.
|