戦いの理由

〜 しゅなーるさんに捧ぐ 〜







「戦いって、どうして起こるんだろう」
アテナの聖闘士たちが くつろいでいる場で、瞬がふいにそう呟いたのは、一つの大きな戦いが終わって数日が経った ある日の宵のことだった。
そして、瞬がそんなことを言い出したことに最も驚き、不審に思ったのは星矢だった。
戦いが終わったばかりだというのに、早くも次の戦いを予感しているような不吉なことを語り始めた瞬を訝ったからではない。
星矢は、てっきり今の瞬の心を占めているのは別の事柄だと思っていたので――瞬の持ち出した話題が その事柄とあまりに次元の違うものだったために、彼は驚いたのである。

今日、アテナの聖闘士たちは揃って星の子学園を訪れ、終日子供たちの相手を勤めてきた。
それは、一つの戦いを終えるごとのアテナの聖闘士たちの習慣になっていた。
世界の未来を担う子供たちの笑顔があふれているその場所は、アテナの聖闘士たちにとって、最も手っ取り早く 彼等が守り抜いた平和を実感できる場所だったから。

星矢が腕白小僧たちにサッカーのゲームに引き入れられ、瞬が小さな女の子たちに肩車をねだられる――そこまでは、アテナの聖闘士たちが星の子学園を訪れた時によく見られる光景だった。
いつもと同じだったのである。
瞬に肩車をしてもらっていた少女が、子供たちの歓声があふれる星の子学園の庭の脇に並んで立っている氷河と絵梨衣の姿を認め、
「ねっ、ねっ、あの二人、お似合いよね。私と瞬ちゃんみたいに」
と、こまっしゃくれたことを言い出すまでは。

ちょうど小休止をとるためにボールを抱えて瞬たちの側にやってきた腕白小僧たちが、その思いつきに乗ってくる。
「星矢兄ちゃんたちがけしかけてけば、うまくくっつくかも」
「それっていい考えー!」
「星矢兄ちゃん、協力してやれよ。どうせ暇なんだろ?」
子供たちが勝手なことを言って、月下氷人の労をとることを星矢や瞬に求めてくる。
妙に盛りあがって氷河と絵梨衣をくっつける相談を始めた子供たちに、星矢はずっと ひやひやしっぱなしだったのである。

氷河と絵梨衣がくっつけば、今よりも頻繁に星の子学園にやってくるようになった氷河が、色々と涼しい芸を見せてくれて、夏場のクーラーや冷蔵庫の代わりを務めてくれるに違いない。
そうなれば、カキ氷は食べ放題、プリンやアイスクリームは今よりもスピーディにできるようになる――等々、子供たちが思い描く未来の二人の図の話を、瞬は微笑んで聞いていた。

子供たちが語る未来図は、確かに他愛のないものだった。
何より当事者である二人の気持ちを無視して語られるものだった。
星矢も笑って聞いていられただろう。子供たちに向けられる瞬の微笑みを 余裕からくるものだと確信できていたならば。
しかし、今日、なぜか星矢はそう・・だと思ってしまうことができなかったのである。
瞬は、そういう方面では決して自信家ではない。

いったい瞬はどういうつもりで微笑んでいたのか――。
城戸邸に帰ってからも、星矢は、瞬の形ばかりの――星矢にはそう見えていた――微笑が ずっと気に掛かっていたのだ。
いっそ、氷河のいる場所で――今 この場で――昼間の子供たちのたわ言を披露して、笑い話の一つにでもしてくれればいいのにと、星矢は思っていたのである。
だというのに、瞬は星矢の希望に沿ってはくれなかった。
それどころか、この重大事から最もかけ離れた次元の話題を持ち出してくる。

それが余裕からくることではなく、子供たちの戯れ言に心を乱され他の話題に逃げようとしてのことであったなら、これは座興では済まない。
星矢はあまり愉快ではない予感を覚えて、その唇を引き結んだ。






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