「おまえは俺だけのものだ。おまえだけがいればいい」 それが、氷河の口癖だった。――瞬を抱きしめる時の。 時にゆったりと戯れるように、時に熱にうかされる病人のように、時に愛しむように瞬を抱きしめ、時に激しく瞬を貫きながら、氷河はその言葉を繰り返す。 最初のうち、瞬は、それを 世の恋人同士の間でしばしば交わされる睦言の一種に過ぎず、氷河は本気でそんなことを言っているのではないと思っていた。 2人だけでいる時に2人だけでいたいと告げるその言葉は、いわゆる現実肯定、つまりは、今2人が2人でいることを幸福だと感じていることを訴えているにすぎず、2人以外の人間の存在を拒むものではない。 ――そう、瞬は思っていたのである。 氷河が自分の兄を毛嫌いするのは、焼きもちを焼いてみせることで恋人を嬉しがらせるための手管に過ぎず、星矢や紫龍をないがしろにするような言動も、彼にとって彼の恋人が特別な存在であることをアピールするための手段。 2人以外の人間は無用のものだと 氷河が本心から考えているとは、瞬は思ってもいなかったのである。 当然だろう。 人は1人では生きていられないものである 無論、2人だけでも生きられない。 人は社会というものの中で生きている。 孤高を気取ってみせる者はもちろん、社会との接触を病的に避ける、俗に引きこもりと呼ばれる者たちでさえ、社会というものが在るからこそ引きこもることができるのだ。 しかし――。 「時々俺は、おまえと俺の目を潰し、耳を潰し、俺たちが俺たち以外の誰も何も知覚できなくなればいいと思うぞ」 ある時、狂気じみた色の瞳をした氷河に ひどく真剣な口調でそう告げられて、瞬は、本当に彼に自分の目を潰されてしまうような恐怖を覚えた。 それまで ただの戯れ言と信じていた氷河の口癖は、実はただの戯れ言ではなかったのかもしれない。 その実現は無理にしても、それを望むことを氷河は本気で行なっており、万一 何らかの奇跡が起こって その夢想が現実のものとなったなら、彼はその事態を本心から喜んでしまうのかもしれない――。 そう思った時、瞬は、氷河の望みの虚無を彼に知らせてやらなければならないと思ったのである。 |