瞬のその言葉が現実のものになったのは、アテナの聖闘士たちが奇跡に挑戦し始めてから3ヶ月後。 無謀と思える彼等の挑戦は、ついに実現した。 瞬がデザインし、星矢が布地をカッティングし、紫龍が縫製して、彼等が初めて作った作品が、現実に形となってアテナの聖闘士たちの目の前に現われたのである。 その頃には、一輝の手に成るウェブサイトも、あとは各種画像を流し込むだけの状態になっていた。 氷河が着せられたのは、黒いシャツブラウスと黒いパンツだった。 ボタンではなく和服のように 「ちょっと待て。このレースは何だ、このレースは!」 それまで瞬に放ったらかしにされることに不満を抱くこと以外の何もしていなかった氷河が、仲間たちの苦心の作にクレームをつけてくる。 氷河が着せられた漆黒のドレスシャツは、一見したところでは、立体感のない黒のレースもさほど目立たないが、冷静になってよくよく見ると、とんでもなく派手な代物だったのだ。 瞬が、氷河のクレームを、得意の微笑で受け流す。 「寂しがりやのくせに孤独を好む氷河の二面性を表わしてみました。右から見た時と左から見た時とで全然印象が違って見えて面白いでしょ。レースもそんな大袈裟に びらびらしてるわけじゃないし、黒って金髪に映えるよね」 結局 型紙を作るのが面倒で、ボディに布地を直接当ててカッティングする技を習得した星矢が、氷河のクレームに逆にクレームをつけてくる。 「氷河、おまえ、俺の仕事に文句あんのかよ! 手本もなくて、レースのカッティングは俺がいちばん苦労したとこなんだぞ!」 紫龍ももちろん、自身の作品への文句は聞く耳を持たないらしい。 「瞬のイメージを聞いて、俺は、サテンに合う地味派手なレースを懸命に探しまわったんだ。それはベルギー製の高級レースだぞ。おまえなんかには勿体ないくらいのものなんだ」 「勿体ないはずのものが勿体なく見えないあたりは、瞬のデザインがいいからだろう。馬鹿男でも着こなせるようにできているんだ」 一輝までが、氷河自身ではないにしろ、氷河の外側を飾るものを称賛する。 彼は既に、彼のサイトに掲載する画像のイメージを膨らませているようだった。 「しかし、癪だが似合うな。さすがに瞬が氷河のために作っただけあって」 「みんなで作ったんだよ」 「氷河を飾るためにかよ」 自分の仕事には満足しているが、その事実だけは気に入らないらしい星矢が、自らの作品に惚れ惚れしながら、氷河には胡散臭げな目を向ける。 「氷河の魅力を引き出すためにだよ。でも、これに、ごくスタンダードなジャケットを着れば、氷河ほど派手な外見をしていない普通の人だって、十分着こなせると思うよ」 なだめるような瞬の言葉に、星矢は突然瞳を輝かせ始めた。 氷河の魅力を引き出すことに意義を認めたからではなく、氷河以外の誰かがこの作品を身に着けてくれるかもしれないという期待が、彼の胸を騒がせたのである。 自分の作品を、氷河以外の見知らぬ誰かが喜んでくれるかもしれない――それは、夢想するだけでも楽しすぎる夢だった。 「う……売れるのかな。ほんとに」 そう呟く星矢の声は、心なしか震えている。 瞬は力強く首肯した。 「売るんだよ。ここからは氷河と兄さんに頑張ってもらわなくちゃ。氷河、世界中の女性の恋人になったつもりで、カッコつけてみせてね」 「俺はおまえだけのものだ!」 不機嫌を隠しもせず、氷河は瞬に怒鳴り返した。 とはいえ、それが瞬がデザインした服であり、その服が世間に受け入れられることが瞬の望みなのだと思うと、そうそうむげにすることもできない。 この1着を作るまでの瞬の苦労を知ってるだけに、氷河は仲間たちに非協力的な態度をとることはできなかったのである。 もっとも彼は、非協力的になりたいと思っても、なることはできなかっただろう。 弟と仲間たちの努力を目の当たりにし、自らも苦労に苦労を重ねてウェブサイトを作り上げたばかりだった瞬の兄が、氷河に協力を強要してきたのだ。 最愛の弟と仲間たちのために、彼はこの事業を失敗させることはできないと思ったのだろう。 一輝は存外に真面目にマーケティング調査を行ない、ブランド構築のノウハウを学ぶことをしたらしい。 写真撮影のスタジオでは、沙織が手配したカメラマンよりも一輝の方が、氷河への注文が過酷だった。 「もう少し色っぽい目はできんのか、この愚図! 愛想よくしろとは言わんが、無愛想なら無愛想なりの男の色気ってもんがあるだろう。貴様には内側からにじみ出る輝きというものがないんだ! 俺の敬愛する健さんや文太さんを見習え!」 「俺にヤクザやトラック野郎を気取れというのかっ」 氷河にしてみれば的外れ極まりない注文を、一輝は次から次へと繰り出してくる。 瞬の“敬愛する”兄に散々こきおろされて、氷河は意地になった。 全世界の人間を瞬だと思えば、それまで瞬にだけ向けていた流し目を全世界に向けることもできないことではない。 そして、一輝に言いたいことを言わせないために、氷河はそれをしたのである。 |