「なんでそんな名前なんだよ? 氷河のイメージでもないし、だいいち、ジャンヌ・ダルクって女の名前だろ」 星矢の素朴な疑問に、瞬が軽く頷く。 確かにそれはメンズファッションのブランド名としてはそぐわないものだった。 「ジャンヌ・ダルクっていうのは、フランスとイギリスが フランス王位を争った百年戦争の末期に現われて、神の啓示に従ってフランスに勝利をもたらした少女の名前だよ。僕、公平であるべき神様がどうしてフランスにだけ味方するんだろうって、ずっと不思議に思ってたんだけど……。つまり、神様に愛される人のブランドっていう意味でつけたんだ」 「ふーん……?」 よくはわからないが、瞬の決めたことに文句はない。 星矢は、アテナの聖闘士たちが苦労して技術を習得し、その結果できあがった洋服が1着だけでも売れて、それが購買主に喜んでもらえたなら、それで満足だったのだ。 1着だけでも――と星矢が望んでいた、アテナの聖闘士たちの汗と涙の結晶。 しかし、あろうことか、それは、世間に大いに テレビや雑誌に金を出して宣伝を打ったわけではない。 インターネットが各家庭にまで普及した現代では、ファッション関係の概評や品評を扱っているウェブサイトやブログに『こういうブランドができたらしいぞ』と、早耳の第三者を装って記事を書きリンクを張るだけで宣伝効果は十分だった。 一輝の宣伝工作の巧妙なところは、彼がその工作を、メンズファッションを扱っているサイトだけではなくレディース専門のサイトでも行なったところだったろう。 5人の個性的な青少年が立ち上げたブランドは、誰よりもまず女性に受けたのである。 女性に評判のブランド品を身に着けることで女性に受けるために、男性がブームに追随する――という形で、“ジャンヌ・ダルク”の名は広まっていったのだった。 確かにアテナの聖闘士たちのユニットは、神に愛されていたといえるだろう。 恋人や親兄弟を格好良く見せたいと思う女性陣に、それは特に愛された。 世の人々に、『もう1着 服が欲しい』と思わせることに、アテナの聖闘士たちは成功したのである。 |