「ジャンヌ・ダルクのこの四半期の売り上げは、財団がこれまでメンズの主力としていたブランドの3倍以上だったそうよ。供給が需要が追いつかないから、ネクタイやハンカチといった小物の生産は、悪いけど機械化させてもらったわ」 という報告が、沙織によってアテナの聖闘士たちの許にもたらされたのは、“ジャンヌ・ダルク”展開から3ヶ月後。 瞬と一輝以外の青銅聖闘士たちは、その知らせに目を剥くことになった。 特に星矢と紫龍は、『量販店用の商品を作っているわけでもないのに、自分たちは どうしてこんなに朝から晩まで働き続けなければならないだろう?』と疑いの念を抱きながら服を作り続けていたので、世の動向に目を向けている暇がなかったのである。 「あれがそんなに売れてんのか、まじで?」 ただ1着売れるだけでも頑張った甲斐があったと思っていた星矢には、沙織の報告の内容は 寝耳に水、晴天の霹靂とも言うべき事態だった。 沙織が、彼らしくない仕事のために寝不足気味の星矢たちをいたわるような微笑を浮かべ、ゆっくりと頷く。 「ええ」 「で……でもよ。あれ、基本的に氷河に似合うようにデザインされてる服なんだぜ? 日本人の体型や顔の作りを無視してさ」 「あれが自分に似合うと思い込めるほどの自信家が、日本人には存外多いのかもしれないな」 鳩が豆鉄砲をくらったような顔の星矢に、紫龍がしたり顔で言う。 沙織は、そんな2人に今度は苦笑を向けた。 「それは私には何とも……。でも、売れているのは確かよ。上下スーツやアンサンブルとしてじゃなく、それぞれを1アイテムとして売り出したのがよかったのだと思うわ。一点豪華主義というのかしら。シャツだけは派手にして、パンツやジャケットの型や色は地味なスタンダードものにすれば、既に持っているアイテムと組み合わせてお洒落ができるでしょ。シャツだけ、パンツだけ、ジャケットだけという感じで買っていく人が多いようよ」 「はあ……」 この現実が未だに信じられずにいる星矢が、間の抜けた声を洩らす。 「停滞を続けていたメンズ衣料部門に新風というので、財団の先日の経営会議でも大評判、最初に私の無駄使いにクレームをつけてきた重役連からも絶賛の嵐だったわ」 沙織はその場で、彼女のボランティアへの資金提供継続の承認を取りつけてきたらしい。 この結果に、いたく満足そうだった。 「聖闘士になるのって、がむしゃらに修行に励むだけじゃ駄目なのよね。やっぱりセンスがよくないと。基本的にあなたたちは頭とセンスがいいのよ」 いつにないアテナの称賛の言葉にも、星矢たちはただ、そして まだ、唖然呆然としていた。 「ただし、あなたたちの本業は、あくまでも例のボランティアの方なのだし、ブランドは育てて次代に継承していくべきものなのだから、あなたたちは今度は後継者の育成に努めてちょうだいね」 沙織は、何やらまた面倒な仕事を彼女の聖闘士たちに命じて仕事に戻っていったのだが、新たに与えられた試練の困難にまで、まだ彼女の聖闘士たちは思い至ることができずにいた。 「なんかさ、まじで人間には不可能なことってないような気がしてきたぜ、俺」 長い静寂のあとの星矢の呟きに、彼の仲間たちは揃って同感した。 |