他の衣料部門からの増員を受けたアテナの聖闘士たちが、ブランド継承者たちに対する教育と引継ぎを終え、5人のメディアへの露出を極力抑えたせいで幾分 騒ぎが沈静化の方向に動き出したのは、それから更に3ヶ月以上の時間が経ってからだった。 その間、アテナの聖闘士たちの前に敵が姿を現さなかったのは、おそらく、アテナに敵対する者たちもジャンヌ・ダルクの服を手に入れようと躍起になっていたからに違いなかった。 「しかし、何がすごいって、やっぱ いちばんすごいのは瞬のデザインだよな。全くのシロートがさ、頭よくてセンスがいいだけじゃできないことだろ」 秒刻みのスケジュールから解放され、5人がやっと落ち着いて話ができるようになった頃、仲間たちの前に今更ながらな話題を持ち出したのは星矢だった。 『おだててもおやつは出ないよ』と断りを入れてから、ここ数ヶ月はパタンナーというよりアイドルタレントに成り果てていた星矢に向かって、瞬が微笑する。 「そりゃあ、愛の為せる技だよ。僕は氷河に着せたい服を作ったんだもの。自分の好きな人の魅力を みんなに知らしめたいっていう気持ちって、誰にでもあると思うんだ。ジャンヌ・ダルクが女性に受けたのは、そのせいもあると思う」 瞬の仲間たちは、内心では、『それだけじゃないだろう』と思っていたのだが、その本音は口に出さなかった。 ジャンヌ・ダルクの構成員たちがアイドル顔をしているのだ などということを、彼等は意地でも認めたくなかったのである。 氷河が、瞬の言葉を聞いて複雑そうな顔になる。 それは、本来なら喜んでいいはずの言葉だった。 瞬は、瞬の恋人の魅力を引き出し、それを世間に知らしめるために、社会現象になるようなことさえ引き起こしてのけたということなのだから。 だが、お互いの多忙のためにすれ違いの日々が続き、本来 氷河が望んでいた2人だけの世界、2人だけの時間が見果てぬ夢となっていた現実を思うと、氷河は瞬の言葉を手放しで喜んでしまうことができなかったのである。 「俺は誰にも知らせたくないが。俺はおまえを独り占めしていたい」 「僕はそうじゃなかった。氷河が素敵なこと、世界中に知らせたかった」 「……」 瞬のその目論見は成功したのだろう。 氷河の許には、第一線を退くことを宣言した今でも、他ブランドのショー出演の依頼や打診が数多くきていた。 それでも氷河は、今でも――今だからこそ――2人が2人だけの世界に閉じこもることを熱烈に願っていたのである。 だが、瞬は、彼とは全く逆の思いを抱いていたらしい。 逆だったことを、今初めて氷河は知らされた。 その事実に気付かずにいた自分に思い至り、氷河の複雑な表情が更に複雑なものになる。 「でもね。これを全部僕ひとりでしようと思ったら、絶対にできなかったよ。いくら奇跡を起こすのが商売のアテナの聖闘士でも、ひとりで何もかもをこなそうと思ったら、きっと 思うだけで投げ出していた」 複雑怪奇な氷河の顔を横目に見ながら、星矢は瞬に頷いた。 「俺にデザインはできねーなー。モデルも嫌だし」 「ある意味、適材適所だったのかもしれないな。それがファッション関係だったところが、アテナの聖闘士にはミスマッチもいいところだが」 自分が火付け役になって勃発した大騒ぎにうんざりして早々に現場から逃げ出した一輝に代わり、ここ数ヶ月はアテナの聖闘士たちの仕事のマネージメントをさせられていた紫龍の顔には、まだ少々の疲れが残っている。 「僕は、何でもよかったんだ。5人なら、不可能に思えることも必ずやり遂げられるって、僕は信じてた。それを試してみただけ。沙織さんがグラードで不振なのは食品部門だって言ってたら、今頃僕たちは新作牛丼メニューにでも挑戦していたと思うよ」 「俺、そっちでもよかったな」 星矢は冗談のつもりで言ったのだが、瞬は真顔でその茶々に首肯した。 「2人ならできるのに、1人じゃできないことってあるでしょう。2人じゃできないけど、5人ならできることもある。もちろん、5人だけじゃできなくて、世界中の人が協力し合わなきゃできないこともあるけど。僕たちが、アテナの聖闘士として成し遂げようとしていることがそれ」 瞬はそろそろ ジャンヌ・ダルクのデザイナーから アテナの聖闘士に戻りつつあるのかと思いながら、彼の仲間たちはその言葉を聞いていた。 それは大いなる勘違いだと、星矢と紫龍はまもなく気付くことになったが。 瞬は重ねて言った――氷河を見詰めながら。 「5人だから、できたんだよ」 瞬の瞳に映る自分の姿をゆったり眺めることができるのは 久し振りのような気がする。 瞬の瞳の中の自分を見ながら、氷河の心境は複雑だった。 彼はもうずっと長いこと、自分と瞬が2人きりになれないことを不満に思っていた。 闘いではないことで毎日多忙が続くことにはうんざりしているのに、だが、ジャンヌ・ダルクの成功が全く嬉しくないわけでもない。 沙織に命じられた後継者育成でも、『自分が身に着けるものを理解し愛さなければ、服は着こなせない』と、以前の彼なら決して言わなかっただろうことを言いながら 後輩たちを指導しているくらいだったのだ。 |