俺が見付けたのは、マーマが歌ってくれた、どんな夢も叶えられる幸せな国じゃなくて、たった一人で寂しそうに泣いている子供だった。 壮麗なオーロラの下の小さな小さな子供。 身体を丸く縮こめて、幻影みたいなカーテンの陰に隠れるように座り込んでいる その子の姿を見た俺は、どこに行ったって結局、夢や希望だけでできている国はなくて、どこに行ったって結局、人は孤独に悲しんでいるだけなのかもしれないと思ったんだ。 そして、俺はその子供に見覚えがあることに気付いた。 「瞬……」 よく名前を憶えていたものだと思う。 いつも兄の陰に隠れてばかりいた、女の子みたいな顔をした日本での仲間。 大人しくて、目立つのは泣いている時だけ。 でも、瞬はいつも泣いていたから――いつも目立っていたのかもしれない。 騒ぎを起こすことで目立つ瞬の兄や星矢たちとは違った意味で。 そう、瞬はよく泣く子供だった。 よく涙が枯れないものだと、俺は瞬を見るたび不思議でならなかった。 でも、俺は、瞬は生きているから泣くんだと思っていた。 生きていない人間は、泣くこともできないから。 泣くこと以外に何もできない瞬にだって、多分言いたいことはいっぱいあるんだ。 なぜ自分は 他の子供のように親のいる家で暮らせないのか、なぜ望みもしないことを強いられるのか、なぜ自分の生き方を他人が決めてしまうのか――。 でも、大人たちに言葉で反駁や疑問を投げかけたら、今よりもっと悪い状況になるかもしれない。 だから言葉にしちゃいけないんだと、それがわかっているから、瞬はただ泣き続ける――。 そんな瞬。 兄に支えられていないと、一人で立っていることもできないような頼りない子供。 たった一人の兄から引き離されて、毎日泣いているんだろうと思ってはいたけど(いや、本当は今初めて思い出して、たった今 そう思っただけなんだが)、案の定。 「氷河……」 俺の呟きは、瞬の耳に届いていたらしい。 そして、瞬にも俺の姿が見えているらしい。 「どうして氷河がアンドロメダ島にいるの?」 瞬は、瞬が送り込まれた修行地の名を口にした。 「ここはシベリアだぞ」 「シベリアって寒いとこでしょ。ここはあったかいよ」 「俺は寒くないけど――」 シベリアの冬の寒さに慣れていない奴には十分寒いはずだ。 オーロラがこんなにはっきりと見えるんだから、気温は氷点下のはず。 怪訝に思いながら、俺は雪の上に座り込んでいる瞬の肩に手を伸ばしてみた。 その手は瞬の肩をすり抜けて――俺は瞬に触れることができなかった。 「あれ……?」 瞬も同じように、俺の頬に手を伸ばしてくる。 その手はやはり俺に触れることはなかった。 どうやら俺と瞬は、実際には触れ合うことが不可能なほど遠く離れた場所にいるらしい。 「きっとオーロラのせいだ。地磁気が乱れてるんだ」 俺は適当なことを言ったが、それがテキトーすぎたらしい。 瞬は、まるで俺が幽霊なんじゃないかと疑ってるように怯えた顔になった。 本当に幽霊だったなら生きることに悩まずに済んで楽なのに――そんなことを考えながら、俺は、瞬の不安を消し去るために、もう少しもっともらしい理由を瞬に提供してやることにした。 「蜃気楼って知ってるか」 「空に映る幻みたいなもの?」 「光は、冷たい空気の中を通る時とあったかい空気の中を通る時じゃ進む速さが違うから、空の上に冷たい空気とあったかい空気があると、光が屈折して――」 カミュに教えられたことを説明しようとして、すぐに俺は、これは物理的に不可能な現象だということに思い至った。 空に幾枚もの空気の鏡を設置して、光の屈折を地球を半回転するくらい繰り返せば、人は確かに遠くにいる者の姿を見ることができるかもしれない。 だが、声が聞こえるはずがない。 今、俺と瞬が体験している現象は“ありえない”ことだった。 「地磁気が乱れて……こういうことになってるんだ、きっと。たまにあるんだ、こういうことが」 俺は、瞬を怯えさせないために嘘八百を並べたてた。 この要領の悪い俺に、こんなに器用な嘘がつけるなんてと、俺は自分でもびっくりした。 「僕たちは本当は離れたところにいるの? 氷河はシベリアにいて、僕はアンドロメダ島にいるんだ」 「うん。そういうことだと思う」 瞬は、それで納得してくれたらしい。 この俺が嘘までついてやったんだ。 納得してくれなきゃ、俺の立場がないってもんだ。 |